Hi-Compression Column

そば

■ミミよりな話(でもない)

(2011年3月29日更新)

JR中央線の中野駅。サブカルチャーの町として有名です。

そんな中野の立喰・ソといえば、南口真横の超一等地(交番の反対側)にあった「赤い風船」です。

2003年頃までは営業したようです。私が訪れた2005年頃(だったと思います)はまだ建物と看板は残っていました。跡地はこんなになってます。

聞いた話によると店内は4〜5人も入ればぎゅうぎゅう満員というかなり狭い立喰・ソだったとか。入ってみたかった。

 

たしか写真を撮ったはずと、捜しましたが見つかりませんでした。当時はデジカメのメディア容量が小さかったので消去しちゃったようです……。


赤い風船があったのは向かって駅の左側、現在工事中のあたり。ちなみにミミは向かって右側の方。(2011.12.29撮影)

サブカルの中野ですから、立喰・ソも北口、南口で個性派が真っ向勝負でした。

 

現在も営業している北口の超有名店「田舎そばかさい」は、太めの平打ち田舎そばが人気で「適量は小さじ二杯」と親切な張り紙のあるすりおろした生姜がやみつき(生姜嫌いを除く)になります。

2005年当時、めん大盛は80円増しで、ふた玉だと130円増し、逆に小盛は80円引き。トッピングの天ぷら類、わかめ、たぬきは1品増やす事に10円引きと、太麺に負けないオリジナル設定も魅力でした(現在もこのシステムなのかは未確認です)。


中野といえば、北口駅前の黄色い看板が目印の田舎そばかさい。現在も盛業中だと思います。(2005.2.3撮影)

天ぷらとわかめをトッピングして、いくらだったか?(2011.2.3撮影)

そして、南口には、名前からして超弩級の立喰・ソがありました。名前なんだと思いますか? 想像してみて下さい。 

「ミミ」です。想像できますか!? 

吉祥寺か武蔵小金井のスナックみたいな店名から、どんな店構えを想像しますか? 

まさか昭和オーラ丸出しの立喰・ソは想像できませんよね。

これとガチンコで勝負できるのは、横浜市の鶴見駅前にある「うい〜ん」くらいでしょう。両店とも店名と店舗のギャップで一度見たら、聞いたらもう忘れません。

最初にミミを訪れたのは2005年2月2日(と立喰・ソ帖に書いてありましたから、間違いないはずです)。

そうなんです。ミミっぽくないですが、紛れもなくミミなんです(川平調で読んでください)。(2005.2.2撮影)

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バ☆ソ
ソ☆バ
日本全国の立ち喰いそば全店制覇を目論む立ち喰いそばな人だからー。食べた店のデータはきちんと記録するが、味の表現が「うまいorまずい」の二進法でしかできないデジタル指向(通常は味音痴という)なので生業にはできない。名前に☆を入れるとアーティストっぽくなると本気で思っているので、ただの馬鹿に違いない。

昭和ブースト全開の店舗はやや薄暗くカウンターのみで、ラジオ(FM東京だったような気がする)が流れていました。

カウンターの内側には青い食事職人風の上着(コック服じゃないし、割烹着でもない。なんていう服なんですか?)にそば屋帽(上のプロフィールの写真みたいなやつ)の粋なおやっさんがふたり。

間違いなく昭和を生き抜いた、指をお湯に浸ければほどよいダシが出るんじゃないかというような、昭和純正立喰・ソ職人でありました。

ちなみに昭和丸出し立喰・ソの場合、かなりしょうゆ辛いおつゆに、ぼそぼそのそば、大切りのネギ、そして具のほとんど入っていないフリッターみたいな天ぷらという、「雰囲気と気力で喰らえ」(=旨い! とはかなり言い難い)が定番ですが、ミミは違いました。

なんの変哲もない普通の茹でそばを、絶妙なゆで時間と湯切りで、ややしょうゆ辛い正統派の関東立喰・ソのおつゆに負けない、歯ごたえとかすかな風味さえ感じさせる「生きた麺」に仕上げ、自家製の天ぷらは某私鉄系チェーン店の箸で持ち上げるとくたーっとしてしまうふにゃふにゃでも、某チェーン店系の口の中が切れてしまいそうなバリ堅でもなく、ほどよくふにゃ、ほどよいパリっ天。

ごま油の香りが食欲をそそるこれまた関東系で、辛めのおつゆとがっちりマッチしていました。


太めのちくわを縦にばっさり切って、ごま油系で揚げた大きなちくわ天。当時これで300円とはリーズナブル。ちなみにかけそばは200円(と、立喰・ソ帖に書いてあった)。(2005.2.2撮影)

結局食べたのは一度っきり。2009年頃に閉店したという噂をミミに、いや耳にしました。

看板に大書きされていたカレーも一度くらい喰いたかったなあと食えなかったことを悔いました。

このまま幻立喰・ソと思っていたら、今年(去年だったかも)突然復活したという噂を聞きました(誰から?)。

昨年11月再訪してみると、確かに店はありました。しかしミミではなく中野屋の屋号が掲げられていました。

「オヤジ、子供の頃から学校で“ミミちゃん”って呼ばれていたの知ってるだろ。改装するんだから名前変えてくれよ」と、某王手銀行に勤める息子に真顔で頼まれたというのは全て私の勝手な妄想です。

その前提ですと、店には、あのおやじさんがいるはずです。

しかし……ミミ気分で訪れたあの日、駅前ロータリーをぐるぐる回って、思案しましたが、結局のれんをくぐることはできませんでした。

果たしてミミは生まれ変わったのか、それとも……。

決着をつける日はそう遠くないでしょう。


ミミ改め中野屋。2階建てから平屋になり、見た目はミミより昭和臭が増加されているが、そばつゆが染み込んだような年季が感じられないのはしょうがない。果たしてオヤジさんは?(2010.12.29撮影)

悪夢としか例えようのない東北関東大震災で甚大な被害を受けてしまったあの町やこの町。駅で何度かお世話になった立喰・ソ。

冬の日、すっかり暮れた寒い中ですすったあの一杯。

冷房の効いた待合室内で、食べながら居眠りしてしまった夏の昼下がり。

いかにも漁師町のお母さんというおばちゃんの笑顔。

潮焼けした顔をくちゃくちゃにして笑ったおばあちゃん。

……思い出そうとするだけで、胸が締め付けられます。

素人目で見ても復興にはかなりの時間、お金、人手が必要です。

でも、困難を乗り越えて再びあの笑顔と、あの立喰・ソを口にすることが出来る日が絶対に来ると信じています。

その日まで、オールジャパン、みんなで助け合い、支え合い、がんばろう。

及ばずながら私も自分に出来ることはなにか考えます。



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