Hi-Compression Column

そば

■(ボラちゃん+竜馬)-亮=立会川?

(2010年8月26日更新)

ちょっと前は「ボラちゃん」、今は「竜馬」でわっしょいわっしょいの立会川駅前商店街(京浜急行 東京都品川区)。ボラちゃんは霧散しちゃいましたが、立会川駅前の橋に「ボラちゃん橋」の名が残っています。だから、ボラちゃんまた戻ってきてもOKです。でももう食べられちゃったかな、くじらに。


ぼらちゃん橋

立会川駅前のボラちゃん橋。ボラちゃんが立会川を大量訪問したのは2005年2月頃。あの名車……GSX250Fがカラーチェンジした頃のこと。この橋が「ボラちゃん橋」と命名されたのは、アドレスV125Gに新色が追加された同年7月のことでした。

今旬の竜馬と立会川の関係は「竜馬が毎日通った道」という、いわゆる通勤路……。何の変哲もない通勤路で勝負というのも剛気といえば剛気な話。竜馬の勤務先となる浜川砲台跡には「ペリーの黒船艦隊が見える」という案内が出ていますが、短気な人は……行かない方がいいかもしれません。




竜馬像

坂本竜馬像ぜよ(←ついつい)。たしか駅前の立喰・ソの前にあったような記憶があるんですが、となりの公園に引っ越しています。このポーズの竜馬像は高知以外はここにしかないような話を聞いたような気がしますが、定かではありません。立会川付近の詳細情報はジェットコースターのようにびゅんびゅん走る赤い電車ので。



ボラちゃんや竜馬がいなければ、山田五郎さんや泉麻人さん級の東京B級商店街アンバサダーでなければご存じないような立会川ですが(アド街ック天国では放映されましたけど)、竜馬像だけではなく、竜馬パン、竜馬ラーメン、竜馬餃子、砲台そばなどもあるようです。この機会に立会川にお立ち寄りを。現在のWeb Mr.Bike編集部も近くですし。

その立会川駅前にも、立喰・ソがあります。しかも閑散としたこの駅前ながら、一時は2軒が向かいあっていたという、ちいさな激戦地でもありました。

ボラちゃんが去り、竜馬が来る前に、一軒は消滅してしまいました(あっというまに持ち帰りのお寿屋さんになっていましたから、2軒対立時代は短期間でした)。

今回紹介するのはブームの間に咲いたそのお店ではなく、立会川駅から大井競馬場へと向かうおけら街道の途中にあったお店であります。

マニアの方はびんびん感じていると思いますが、ここまでボラちゃんだ、竜馬だというのは特に意味ない前振りなのでありました。いつものことゆえ(まだ2回目だけど)読み流してね。

立会川の駅から大井競馬場に向かう道すがら、海岸通りとの交差点のちょい手前あたり、競馬場に向かって右側に8軒(くらい。記憶あやふや)長屋とコンビニ、パン屋さん(コッペパンにハムカツとかポテサラなどをはさんだ自家製総菜パンを販売している、たまらなく昭和チックなステキなお店)と、道路を挟んで左側に食堂、お好み焼き屋さん、立ち食いじゃないそば屋さん、飲み屋さん、最近は牛丼のすき家まで出来ちゃったで形成されている、変則対向Bタイプに分類される(←ナニ?)飲食店街があります。

夜になるといつも満席で結構繁盛しているお好み焼き屋さん兼飲み屋さんと、24時間営業のすき家以外は、やってるんだかやってないんだか解らないようなお店ばかり(失礼、でもホント)。一見さんや婦女子がためらいもなく入れるような安易な店はありません(断言)。

そんなディープでステキなシチュエーションの長屋の3軒目だか4軒目だか(あやふや)でひっそりと営業していた、立喰・ソが今回紹介する「亮(りょう)」です。やっとこさ本題にたどり着きました。


街路樹

反対側の歩道からの光景。ごらんのように森かよ!で見えにくいし、競馬場に向かう人はあちら側を歩くが、帰りは圧倒的にこちら側。だからこちら側の飲み屋さんが繁盛するのか、飲み屋さんがあるからこちら側を歩くのか。いづれにせよ飲食店経営には動線を見る目が求められるということが今回の教訓みたいな。

バ☆ソ
ソ☆バ
日本全国の立ち喰いそば全店制覇を目論む立ち喰いそばの人。食べた店のデータはきちんと記録するが、味の表現が「うまいorまずい」の二進法でしかできないデジタル指向(通常は味音痴という)なので、ブームに乗り損ね。名前に☆を入れるとアーティストっぽくなると本気で思っているので、ホントはただの馬鹿に違いない。

いつごろ開店したのか、いつ幻になったのか、正確な日付は知らないんですが、私が最初に入ったのは2002年7月3日と記録があります。なんで立会川に行き、なんでわざわざおけら街道に出向いたのか? さっぱり記憶はありません。大井競馬にでも行ったんでしょうか。それはともかく、店内は細長いカウンターのみの典型的なうなぎの寝床タイプで、30代前半くらいの真面目そうなお兄さんと、ちょっと気むずかしいそうな50代前半のおやっさんの二人組がカウンター内で黙々と手を動かしておりました。


兄さんの名は亮。理系の大学を卒業し、関西系大手家電メーカーに勤めたものの、関西系のノリについていけず退社。こつこつと蓄えた給料で、この店を始めました。おやっさんは立喰・ソの師匠かと思いましたが、実は親子でした。

銀行を早期退職したお父さんは、札束を数えていた手で野菜を刻みます。銀行マンらしい几帳面さできっちり同じ大きさに玉ねぎを刻む姿は、高度経済成長を金融面でバックアップしてきた、大きな夢と希望を感じさせました。この親にしてこの子あり。きまじめな亮さんは、立ち喰いそばにも真面目でした。


既存の化学調味料系ではなく、鰹節でだしをとり、天ぷらも自家製。さすがにそばは自家製ではありませんでしたが、時計を見ながらゆで時間にはかなり気を使っていました。

立喰・ソといえど、きちんと手を掛ければ素晴らしものが出来るという見本のような立ち喰いそばでした。これは立ち喰いそばに限ったことではありませんが。

500軒以上の立ち喰いそば屋を食べた(だけ)の私の立喰・ソ帖には「かなりうまい」と書いてあります。500軒中上位10店に入るすばらしい味でした。


そば

しっかり油が切られていて、ぬるぬる感がなくさくさくの天ぷら。具は玉ねぎメインのかき揚げで、赤いのは紅ショウガではなく、香ばしい桜エビがたっぷり。ワカメ、麩も入り、花かつおもかかった豪華版なのに、さらに生卵まで付く。ネギは立ち喰いには珍しく別添えで、高級感を演出。これで380円とは信じられな〜い。ああ、思い出すとよだれ出てきた。もういちど逢いたい、かなわぬ夢か。

美味しくて安ければ商売繁盛のはずなのですが、いつ行っても空いていました。

場所柄、昼から照れているわけでもないのに常時赤顔のおっちゃんがメイン客層です。おっちゃんたちは、ダシより醤油。身体中を塩分が突き抜けるような塩辛いつゆと、衣で重武装したT55のように凶悪な(←悪人づらした旧ソ連の戦車)ぎっとんごんとんのかき揚げがお好みでだったのでは……実際、大井ではない某競馬場で、お湯に醤油をとぷとぷと入れ、ぼすぼすになったそばにぞざっと湯を通し、走行7万キロ級エンジンオイルで揚げたかき揚げに、ごやごやのネギをひとつまみ「はい、天ぷらそば450円」をもっすもっすとおいしそうに食べるのは、常連のおっちゃんたちですから。

あんのじょう(関係ありそうで、まったく関係ありませんが、ミスター・バイクBGの名物編集部員は、安く生きると書いて安生=あんじょう)。しばらくぶりで行ってみると、閉店しておりました。こうしてまた名店がまたひとつ幻立喰・ソになったのでした。


2005年 2010年

写真上が2002年7月3日撮影。下は2010年8月24日撮影。ほとんど変わっていないので、そばののぼりと手書きのPOPとお店ののれんの有無だけの違いに見える。その有無の差が8年の月日を物語るってか。アングルが同一ではないので定点観測っぽくないけど気にしない木に竹刀(←意味ありげで、まったくないただの誤変換です)。

でも、きっと亮さんはどこかで立喰・ソをやっているんじゃないかと(思っただけ)。

いまさらですが、実際に亮さん(かどうかも不明)と交わした会話は「てんぷらそば」「380円です」「ごちそ〜さん」「ありがとうございました」の4ワードのみ。ですから青いケイからケイまでの部分(一部ブラウザでは黒ですけど)は、名前はもとより、学歴、家族構成、開店から閉店までのプロセスなど、味と料金以外はすべては私の妄想です。真に受けないでください。

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