スーパーカブのすべて
スーパーカブ全史


 スーパーカブが誕生した1958年。
 自動車は高嶺の花でトラックも近距離輸送がメイン。旅客機はプロペラ機。新幹線どころか、未だ蒸気機関車が日本中を走り回っていた。
 あれから53年、新幹線は青森から鹿児島まで結ばれ、ジャンボジェット機すら引退が近づき、自動車は一家に一台を通り越え若者の自動車離れが進むほど交通環境は大きく変化した。
 今から47年後、スーパーカブ生誕100年を迎えるとき、もっと時代は大きく変わりアシモはスーパーカブを運転出来るようになっているかもしれない。
 そんな夢のような時代がやってきたとしても、スーパーカブの誕生から不変の基本思想、基本姿勢はブレず、揺るがず貫き通されているに違いない。



近未来コミューターが降臨


1958年 スーパーカブC100

スーパーカブ年譜

1958年8月
■スーパーカブC100

空冷4ストロークOHV 40×39mm 49cm3 4.5ps/0.33kg-m 55,000円 埼玉製作所生産



1959年
生産累計19万台突破


1960年4月
■スーパーカブC102

マイナーチェンジ セルフスターター付 62,000円


1960年8月
生産を鈴鹿製作所に移管


1961年2月
生産累計100万台達成


1961年8月
スーパーカブC105

C100のボアを拡大した原付二種モデル 42×39mm 54cm3 5.0ps/0.38kg-m 57,000円 


1961年10月
スーパーカブCD105

C105のセルフスターター付 64,000円


1961年
◇ハンターカブC100H

スーパーカブC100をベースにオフロード走行を想定し、大きなリアスプロケットで駆動力アップ 写真は第9回全日本自動車ショーに展示されたオプション装着車 60,000円


1962年7月
◇ポートカブC240

スーパーカブC100を簡素化 初期モデルはレッグシールドやウインカーもない 2.3ps/0.33kg-m  43,000円


1962年
◇ハンターカブC105H

54ccのスーパーカブC105がベースのトレール仕様。 62,000円


1962年
生産累計200万台達成


1963年
◇ポートカブC241

C240にテールランプ、ウインカーを追加装備 


1963年
生産累計300万台達成


1964年10月
●カブCM90

空冷4ストロークOHV 49×45.6mm  86.7cm3 6.5ps/0.68kg-m 75,000円


1964年12月
○スーパーカブC65

C105の後継モデル シリーズ初のOHCエンジンを採用 44×41.4mm 62.9cm3 5.5ps/0.46kg-m 63,000円


1966年1月
●スーパーカブC90

CM90の車体にOHCの新エンジンを搭載 50×45.6mm 89.6cm3 7.5ps/0.67kg-m 77,000円
■エンジン型式:空冷4ストローク単気筒OHV2バルブ ■総排気量(内径×行程):49cc(40×39mm) ■最高出力:4.5ps/9500rpm ■最大トルク:0.34kg-m/8000rpm ■圧縮比:8.5 ■変速機:自動遠心式3段リターン ■全長×全幅×全高:1780×575×945mm ■軸距離:1180mm ■乾燥重量:55kg ■タイヤ前・後:2.25-17・2.25-17 ■発売当時価格:55,000円 ■発売開始:1958年5月

 初代スーパーカブ誕生の逸話は今や伝説や神話と同列なほど話題に満ちあふれている。時間の経過とともに誇張されたり想像で付け加えられた部分もあるかもしれないが、企画から販売までドラマチックかつセンセーショナルな出来事の連続であったことは間違いない。

 4ストロークエンジンと手動操作不要の自動遠心クラッチ、Uボーン型のフレームとカバーされたボディは当時の常識にはない、まさに近未来からやってきた新しいコミューターであった。

 2ストロークに比べ静かでクリーン、混合給油の手間も不要で好燃費で、乗り降りしやすく運転操作も簡単、メンテナンスも従来のモデルに比較すればほぼフリー感覚となれば爆発的にヒットするのは自明の理。需要は生産計画を大きく上回り、生産しながら材質や生産性などの改良、改善が次々に加えられたため初代C100は生産ロットにより各部に違いが見られる。



1960年4月 スーパーカブC102


1961年8月 スーパーカブCD105

 より利便性を高めるため1960年4月に追加されたバリエーションモデルがセルフスターターを標準装備したC102(62,000円)。クランクケースカバー上側に見える丸い筒状のセルモーターが外観上の特徴。初期モデルはキックスターターを省略した自信作であったが、当時のバッテリーは今日に比べ耐久性で劣っていたため始動が出来ない事態が多発し、キックスターターが追加装備された。1961年8月にはボアを2mm拡大し54cc化して二人乗りが可能になった原付二種のC105(57,000円)、セル付のCD105(64,000円)も発売され順調に成長していく。



北米ではバイクのイメージを大変革

 バイク=アウトローの乗り物というイメージが定着していた北米で「バイクは誰でも気軽に楽しく乗れる明るい乗り物」と大々的に展開した「ナイセストピープルキャンペーン」の主役となったのがスーパーカブ50の輸出仕様車HONDA50 CA100(セル付はCA102)であった。

 国内とは異なりスーパーカブの名称ではなくHONDA50という車名で販売された輸出仕様は、法規の違いにより50ccでもタンデムが可能で、二人乗りが出来るダブルシートとタンデムステップが標準装備されていた。

 キャンペーン効果は絶大で、ホンダ50はライフ誌に特集が組まれたり、「リトルホンダ」(後の自転車バイクのリトルホンダではなく小さなホンダ50という意味)という唄も作られるなど日本同様、アメリカ人のハートも見事につかんだ。

 これによりホンダは北米という大きなマーケットを開拓し、勢いに乗ったスーパーカブも全世界へと進出していく。


1962年 CA100

■エンジン型式:空冷4ストロークル単気筒OHV2バルブ ■総排気量(内径×行程):49cc(40×39mm) ■最高出力:4.3ps/9500rpm ■最大トルク:0.33kg-m/8000rpm ■圧縮比:8.5 ■変速機:自動遠心式3段リターン ■全長×全幅×全高:1780×575×945mm ■軸距離:1180mm ■乾燥重量:55kg ■タイヤ前・後:2.25-17・2.25-17 ■発売当時価格:輸出車 ■発売開始:1962年

CA105スチューデント


CA102ロードスター


CA102ラリー

 CA100(セル付の102、54cc版105)は輸出を開始してから一度もモデルチェンジを受けずに販売され続けたため、1965年をピークに販売台数はゆっくりと下降していった。その対策としてCA100に装着するアメリカホンダ純正のキットパーツが用意された。写真左から軽快な「スチューデント」、ロードスポーツ風の「ロードスター」、オフロードイメージの「ラリー」の各キットパーツ。この他に写真はないがアップマフラーでハンターカブ風の「ボス」もラインアップされていた。若者たちの間で話題となり、キットパーツは1970年頃まで販売され、ナイセストピープルキャンペーンを強力にバックアップした。

 北米で大々的に展開された「ナイセストピープルキャンペーン」のポスター(写真右)。黒い革ジャンとアウトローというバイクに対するイメージを変える、明るく、楽しくわかりやすいポスターの効果は絶大であった。このポスターは日本国内でもいくつかのバージョンが作られ「世界のナイセストピープルホンダに乗る」というコピーで展開された(写真左)。



1962年 C310


 モペッドの大市場であるヨーロッパへ参入するために製作されたペダル付のモペッドバージョンがC310。燃料タンクはレッグシールドの中央部に新設されシート下は収納スペースになっている。ちなみにC310の生産はベルギーに新設されたホンダモーターで行なわれ、これがホンダ初の海外生産モデルであることはあまり知られていない。このモデルの特徴的なタンクをデザインしたのは、後にヨンフォアなど数々の名車を送り出すデザイナー佐藤充弥さんが、入社早々に任された初仕事だそうだ。


1963年 C105T


 農地管理やハンティング用に北米で新たな市場を開拓すべく開発されたトレール仕様。レッグシールドを廃止し、チェーンを掛け替えて2次減速比を変更できるダブルスプロケットを装着。写真をクリックすると見られるモデルは北米の優秀なディーラー表彰用にメッキされたC105Tスペシャルモデル。



1962年7月 ポートカブC240


1964年10月 カブCM90

 プレスフレーム、自動遠心2段ミッション、小型のレッグシールド、パイプハンドル、小径ホイールにウインカーもテールランプも省略という簡略化によって価格を下げ普及を狙った廉価モデル。1963年にはウインカー付が追加されC241へと進化した。しかしスーパーカブ50との価格差が1万円強であり、割安感よりも安物感の方が勝り普及しなかった。名称の由来は世界中の港へと輸出されることを願ったものであった。

 スーパーカブの原付二種モデルは50のボアアップ版のC105がすでに存在していたが、よりパワーを求め開発されたのがCM90。エンジンは50ベースではなくマニュアル4段ミッションのスポーツモデルのC200をベースに自動遠心3段ミッションを組み合わせた。車体も50より一回り大型で燃料タンク容量も1.5L増の5.5L、タイヤも2.50サイズにアップされた。50との別物ということか当初の車名にスーパーの付かないカブCM90であった。

■エンジン型式:空冷4ストローク単気筒OHV2バルブ ■総排気量(内径×行程):49cc(40×39mm) ■最高出力:2.3ps/5700rpm ■最大トルク:0.33kg-m/4000rpm ■圧縮比:8.3 ■変速機:自動遠心式2段リターン ■全長×全幅×全高:1680×590×920mm ■軸距離:1105mm ■車両重量:54kg ■タイヤ前・後:2.25-15・2.25-15 ■発売当時価格:43,000円 ■発売開始:1958年5月
■エンジン型式:空冷4ストローク単気筒OHV2バルブ ■総排気量(内径×行程):86.7cc(49×46mm) ■最高出力:6.5ps/7500rpm ■最大トルク:0.68kg-m/6000rpm ■圧縮比:8.0■変速機:自動遠心式3段リターン ■全長×全幅×全高:1834×570×964mm ■軸距離:1186mm ■車両重量:83kg ■タイヤ前・後:2.50-17・2.50-17 ■発売当時価格:75,000円 ■発売開始:1964年10月


1963年 マルシン出前機


1964年12月 スーパーカブC65


1966年1月 スーパーカブC90

 ホンダの純正品というわけではないが(実は純正品も開発されていたが、本田宗一郎氏の鶴の一声で開発中止に。そのエピソードはで)、スーパーカブと切っても切れない深い縁のダンパー付出前機をマルシンが開発販売したのが1963年だった。そば屋用Ⅰ型、寿司屋用Ⅱ型、中華用Ⅲ型とニーズに合わせ細かい仕様で発売され、あっという間に日本中に広まった。

 OHVで誕生したスーパーカブは、主に耐久性の向上を目的としてOHCのニューエンジンを開発する。このエンジンはC100系の生産ラインを使えるよう外寸は同一とした経済設計で、1964年12月に初代C100系ボディのC65(63cc) に搭載されてデビューした。このC100系ボディにOHCエンジンの初代C65は、1966年5月にニューボディーに変更されたため生産期間は短い。

 C65と同様の手法でOHCエンジンをCM90の車体に搭載して誕生。このモデルも生産期間がそれほど長くなく、また広報写真は存在していないようなので、写真は当時の広告から流用。


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[スーパーカブ全史 1・・・・・・・・]

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