TEAMホンダテクニカルカレッジ関西 ハイパードキュメント2013夏 学生メカニックたちの鈴鹿 『さあ、世界にふれる夏』

ホンダ ホンダ学園

 2013年7月28日日曜日。晴れ。2013 FIM世界耐久選手権シリーズ第2戦“コカコーラゼロ”鈴鹿8時間耐久ロードレース第36回大会決勝当日。Teamホンダ学園テクニカルカレッジ関西(以下Teamホンダ学園)のピットは17番。レース本番用のグレーにオレンジの作業服に身を包んだリーダーの三宅束穂くんは息を弾ませていた。

「今日までメンバーの気持ちや体調を維持することにいちばん気を配ってきました。みんな上々ではないでしょうか。張り切っています。昨夜の最後の練習では初めて褒められたんですよ。先生たちも全力でサポートしてくれていますので、ぼくらは安全に確実にルーティンをこなし、みんな笑顔で学園に帰りたいと思っています」

 6月下旬に大阪狭山市にある学園を訪ねてからひと月あまり。三宅くんは顔や身体つきがどことなく引き締まった印象を受ける。その反面、表情や仕草からこわばりがとれて、これが本来の彼の姿なのかなとも思えてくる。傍らにいた教頭、五月女浩先生がこうささやいてくれた。
「彼は人柄でまわりをひっぱっていくタイプ。でも自分でドジもふむ。親しみのあるキャラクターでありそれが彼の持ち味なんですよ」

 変貌を感じたのは三宅くんだけではない。今年が初舞台となる1年生たち。先輩格の自動車整備科2年生は今年が最後の8耐(自動車整備科は2年制、一級自動車整備研究科は4年生)。それぞれいま自分に割り当てられた作業に勤しむ姿は明確に「世界の鈴鹿8耐」に来たという感動に満ちている。このひと月あまりのうちにいろんなことがあったのだろう。鈴鹿での合同テストや毎日の活動での整備やピットルーティンの練習、学園の仲間からの壮行会。日をおって過程を踏まえるうち自然裡に身についてきた”たたずまい”といえばよいか。

 

「プロの仕事を見る。横目で見るだけでもいい。ちょっとずつ伸びてゆく自分を感じることができるはずです。1秒を惜しんで急いでミスがあったら、作業が荒くなって10秒以上のロスが生まれることさえある。ましてや人の命を預る仕事、取り返しのつかぬことにならぬよう作業は確実、丁寧にと教えています。うちは勝つためのチームではない、学ぶためのチームなのです。それを身体で覚える8時間だと思っています」

 こう話してくれたのは、かつて8耐参戦に深く関わった滝澤信彦理事。現在は関東にもある学園と併せての本部理事で埼玉県から応援に駆けつけた。この本番には校長の澤田武美先生もピットに詰めるなど学園一体の想いの注力を感じた。

 そして教職員として多忙のかたわら二輪整備同好会の学生たちをここまで引率してきた顧問の白上貴紀先生、大川恒先生、田崎勝三先生。さらに前編の記念写真では不在だった阪田克巳先生もピット作業の最後の確認をしていた。

「うちのチームは、活動のなかで特別な役割を決めていません。自分たちで考えて、自分たちで行動する。まわりを見て考えるということ。それは思いやりという言葉に置き換えられると思います。クルマ(二輪も)の学校なので、クルマは生き物。生きている教材ということです」

 阪田先生は顧問の最年長、学園では教務主任を務める。2007年から単独独歩の参戦になる先駆けを果たした。そのきっかけは、ある年のレースで転倒があった際、委託されたプロチームのメカは学生たちにマシンを触らせなかったことと言う。

「これはおかしい。違うと思った。帰って校長に掛け合いましてね。自分たちでやろう、やれないでしょうか。学生たちが主軸の本来の意味での参戦しましょうと」

 幾多の困難を乗り越え、翌年から即実践に運んですでに7年目。昨年、一昨年と不運なトラブルから完走扱いとならず、雪辱を期す想いは学生たちと同じ。ぜひとも今年は「完走」のチェッカーフラグを受けること。

「レースなので順位は大切なことですが、去年は結果を求めていました。今年は単独参戦の原点に戻って生きた教材の場として挑もう。学生たちが時間を気にせず、丁寧に確実をモットーに進めていければと思います。最後の責任は我々オトナがとればいいのです」

 熱気のこもるピットには、ゼッケン28をつけたCBR1000RR(2012年式)とTカー(2008年式)の2台が並ぶ。白地にHONDAの赤いロゴが入った白いツナギ姿の彼らを眺めると、名だたるプロチームのマシンが居並ぶなかで”学生らしい”といえば単様な表現だが、フレッシュでとても愛らしい印象を受ける。

「毎年メカニックの変わるチームですから、正直なところ怖いというのはあります。でも、こちらから先生に伝えることで先生から学生たちへ。その伝わりの技術、『伝承の仕方』が浸透していって欲しいと願っています」

 古澤選手は第1ライダー。前編で溶接工と触れたが、ご本人からチームマシンにも装着されている「ノジマエンジニアリング」のマフラー製作スタッフと教えていただいた。国際A級ライダーにして中核技術者の一面を覗かせながら、マシンの構築にもベテランらしい視座と謙虚さの乗り手だ。

「ライダーとしてのスキルは児玉選手がはるかに上です。マシンを組み上げるのに、2人で意見交換をするといったり来たりが起きてまとまらない。そこで児玉選手にまかせて私はそこにあわせる努力をしています。彼はトップチームにいた経験があるので、いいマシンを知っている。身体で覚えた体験値といいますが、いいマシンにするための術(すべ)が先生や学生に上手く伝わればうまくいくはず。マシンをいい状態にまで詰めることができると思います」

 第2ライダー児玉選手は金曜日の予選で2分12秒516をマーク。本戦スタートは28番グリッドを得ていた。「もう少し上に行きたかったですが。ゼッケン28で予選28位、ゲンはよさそうです」と笑った後、こう語った。

 


8耐レースウイーク直前の7月24日、学園では壮行会が行なわれ、リーダーの三宅君が決意を語り、澤田校長から激励を受けた。(写真提供-ホンダテクニカルカレッジ関西)

現場を取り仕切る阪田先生は、元々四輪畑出身で四輪レースの経験は豊富だが二輪は、単独参戦が始まった2007年から。

第一ライダーの古澤基樹選手 1971年生まれ。学生たちからみれば父親世代か。鈴鹿8耐は1年に1度の晴れの舞台であり、学生チームのCBRを走らせる使命と意義を強く担う存在のようだ。

第二ライダーの児玉勇太選手は1986年生まれの兄貴分的存在。学生メカニックたちに、自分の伝えたことをみんなで理解し共通意識としてモノにして欲しいと語る。

いつも学校で着ている白い作業服からレース用の耐火スーツへ衣を替える。袖を通すと自ずと気が引き締まる。

関東、関西の両校をまとめる滝澤理事、五月女教頭先生など多くの学校関係者やOB、学友も激励に訪れた。

「つねにメンバーが新しくなるチーム、毎年学生たちとの出会いが6月ですから自分がもし彼らと同じ歳だったらライダーとどう接したらいいか。そのあたりを洞察しながら接するようにしています。本来レースとは、いろいろな整備の究極にあるもの。1年生が2年生になってもプロにはなれない。ひとりひとりの努力の、若いなりの、ミスしたなりの成長。8耐が終わった時になにかをつかんでくれたらいいなと思ってます。と、語った手前、後輩たちの前であまりカッコ悪いところは見せられませんね」(笑)

 長くレース経験を積んできた42歳と、これからの伸びしろも期待できる27歳。ともに宮崎県出身というこのベテランと若手のコンビも、学生メカニックたちの心を強く研磨してきたことは想像に難くない。かくして、鈴鹿の陽は高みにのぼり、決勝スタートの時刻が迫ってきた。

土曜日のピットでは決勝に向け最後の作業が続く。この頃になると学生たちの顔つきが明らかに変わってくる。

 ピットから仰ぎ見る巨大なメインスタンドには大勢の観客、コース上にならぶ63台のマシンと関係者、艶やかなレースクイーンのパラソル、風になびく色とりどりのノボリ。場内コールを受けるたびに大きな歓声や鳴り物が響き渡り、鈴鹿8耐おなじみ熱狂のプロローグ!

 28番グリッドにゼッケン28 Teamホンダ学園のCBR1000RRはいた。

 やがて息をのむ一瞬の静寂は、これもおなじみカウントダウンの唱和で打ち消され、満を持しての11時30分。ライダー&マシンたちは爆音とともに一斉に飛び去った。8時間後の19時30分まで終わらない耐久の旅。この時、誰彼となくピット内に声がこだました。

「しっかりやっていこう!」

決勝前日、忙しい作業の合間を縫ってメディア向けの集合写真撮影。明日の本戦に向け、闘志と緊張と照れが複雑に入り交じる。一夜明ければ、このメンバーでこの場所に立つ最初で最後の夏が始まる。