本誌・独占独写独り跨り 無限「神電」ってなんだ?

 1907年に始まったマン島TTレース。その歴史の中には、日本のホンダ、スズキなど世界への足がかりを掴むために、1950年代から‘60年代にかけて厳しいTTコースに勝負を挑んだ歴史があるのはご存じのとおり。一周60.725キロに及ぶマン島の公道コースを舞台に行われるクラシックレースだ。現在、もっとも速いスーパーバイクTTクラスでは、6ラップ(計364.2キロ)を2012年の覇者は1時間46分03秒06で走り抜く。平均速度は204.92km/hという途方もないスピードだ。もちろん、途中で給油やタイヤ交換も必要になるからピットインタイム込みの時間だから驚かされる。純粋にこのトップライダーの最速ラップだけを見れば1ラップ17分21秒77、その時の平均速度は208.5km/hにもなる……。
 その長い歴史に新たな1ページが加わったのは2009年のこと。TTX GPというゼロエミッションバイク、言わば電動バイクによるマン島TTへの挑戦が開始された。バッテリーの性能を加味し、1ラップアタックとして開始され、2010年にはTT-ZEROとクラス名を改めた。このTT-ZEROに日本からもチャレンジャーがいた。その一人が無限。そして彼らが送り込んだバイクこそMUGEN 神電なのである。

ボディの3サイズは全長2155㎜×全幅680㎜×全高1130 ㎜とアナウンスされている。ごく一部を除いて日本ブランドのパーツを使う無限神電。バッテリーを含む車重は260キロ。スタンドを下ろして少しだけ左右に振ってみたが、重量物がかなり重心に近い位置にまとまっている様子で、スペックを聞いて驚くほどだった。しかしレーサーとしては確かに重量級だ。
幅に対してトールサイズのスクリーンが特徴の神電のフロントビュー。エンジン付きマシンとことなり、エアインレット、アウトレットなど複雑なものではなく綺麗な表面が特徴。レース中にスクリーンにぶつかった虫の残骸が今も残る。しかしそのカウル内には制御系などの冷却のためにラジエターが存在する。 リアビューも独特。見慣れたサイレンサーなどがない。フロント、リアでタイヤ選択が異なるがレースもこの状態だったという。公道レースの妙だ。
神電が挑んだ2012 年マン島TTダイジェスト

 無限チームは国内でのシェイクダウンテストを済ませ5月20日、イギリスに渡り神電のメンテナンスに入る。さらに実走テストをするため、一周3.48キロのカドウェル・パーク・サーキットに移動し、現地でのテストに臨んだ。ライダーは今回のマン島TTでも神電を走らせるジョン・マクギネス。BSB等で活躍するほか、今年のマン島TTのスーパーバイクTTでも勝利を収めるなど(先ほどのタイムは彼のもの)、マン島TTのレジェンドの一人であるマクギネスは神電の挙動確認やサスペンションのセットアップを重ねた。バッテリーの消費量とドライバビリティーのバランスを見るためのロングランテストを進め、順調に二日間のプログラムを消化。5月31日にチームはいよいよマン島へと渡り、来たるべく予選に向け準備をすすめるのである。

 チームの作戦はこうだ。本戦出場のためには、2度の予選で完走の実績を残さなければならない。予選1回目でしっかりと完走し出場権を確保したうえで、2回目の予選でバッテリー消費量をぎりぎりまで使い、タイムを削り取る作戦だった。そのデータをもとに本戦での優勝を狙えるパワー特性とバッテリー消費量のウエルバランスを探す計画でいた。

 ところが予選1回目を予定していた6月2日。降雨により予選はキャンセルに。なによりも大切なTTコースでの一周60.7キロの燃費ならぬ電費データという貴重な資料をとれないまま、予選2回目へ。ここでタイムを狙って電気の消費量を上げ、途中で電池切れ、なんて冒険はおかせない。6月4日予選2回目、ここで神電+ジョン・マクギネスは23分20秒97、ラップ平均速度155.12km/hの成績で予選を2位で突破。

‘60年代のワークスマシンには好んで稲妻を図案化した雷を入れたホンダ。無限の電動レーサー、神電は雷神の手が稲妻をがっちり掴む図柄が描かれている。
サスペンションはショーワ、ブレーキキャリパーはラジアルマウントされたニッシン製キャリパーが。前後のディスクプレートのインナーにはYUTAKAの文字が刻まれていた。ホイールはマルケジーニレーシング製鍛造マグネシュームを採用。フロントに履くタイヤはダンロップ製D212GP PRO。120/70ZR17だった。マン島TT用に作られたスペシャルだという。

 しかしこのクラスの常連、チーム・セグウェイに1分15秒92の差を開けられてしまう。この辺は常連チームに優位であり、初出場ならではのデータ不足の感は否めない……。それは他のチームも同様で、そして6日の決勝へ。

かつてF1へのエンジン供給やフォーミュラーカーでのレース活動など、神電のマシン造りには無限のあらゆる経験値が注がれたにちがいない。空力的にも電動マシンならではのアイディアがあるように見えた。 尖ったシートエンドに向けて伸びやかな造形のリアエンド周り。シートの肉厚は薄く60キロのラップの間、ライダーはここで仕事をこなす。いわゆるタンク周りからテールエンドまでスムーズなラインでつながっているのも特徴。 素材感を確かめるのに手の甲でノックするとまるで金属のような音を立てるスイングアーム。メインフレームも含めてドライカーボン製。レーシングカーで使われる製法で作られた軽量高剛性のもの。フレーム形態はツインスパー、ピボットレス方式でスイングアームピボットは、パワーユニットである3相ブラシレスモーターのハウジングを兼ねたアルミ削りだしプレートに設けられている。重量物であるモーターはエンジンマシンであればミッションの位置にある。ちなみに発表されている出力は最大出力が90kW(122PS)だが、最大トルクは220Nm(22.4kg-f/m)とガソリン2.4リッターエンジンを搭載するホンダ・オデッセイと同等の力を生み出す。コンパクトな動力源でこれほどのトルクを生み出すのがモーター+リチウムイオンバッテリー(370V以上)の性能だ。

 神電+ジョン・マクギネスはマウンテンロードを攻め、予選タイムを1分12秒12削る22分08秒85でフィニッシュラインを越える快走を見せた。しかしトップのセグウェイチームに23秒52届かずTT-ZEROクラス2位で初挑戦を終えた。それでも神電はレースラップの平均速度が100マイル(160km/h)を越える163.544km/hを記録。最高速は260 km/hをマークしたという。優勝という二文字を持ち帰ることは出来なかったが、これは次回への招待状でもあり、チームの糧になったに違いない……。

 そんな激闘後の姿も生々しい神電。カウルに激突した虫の痕、そしてタイヤに残るマン島の路面を掴んだ跡。会場に搬入される神電をミスター・バイクのカメラが追った。

コントロール系で印象的だったのがステップ。前後のブレーキをハンドルバーに設置したことでミッションを持たない神電はステップ周りにペダル類を一切持たない。モーターとそのエンドプレートの幅があるため、つま先乗り専用だ。ガソリンエンジンのバイクとは決定的に違う部分だった。 リアブレーキもニッシン製キャリパーで固められる。フロント同様マルケジーニマグネシューム鍛造ホイールを採用。リアにはダンロップKR108 195/65R17 サイズのスリックを履いていた。 フレーム周りに使われるカーボン製パーツ、締結ボルトも軽量化を狙ったものが惜しみなく使われる。プレートを留める小さなネジはフラットななかにトルクスを切ったものが使われていた。
リアブレーキは左手でコントロールする。ジョン・マクギネスも左手での操作に姿勢変化を作りやすかった、とコメントしたという。 アクセレーターはバイワイヤを採用するのか、グリップの基部の糸巻きが極めて小径。リターンスプリングも軽かった。スイッチ類は市販車をベースに専用にしたもの。モード切り替えなどレーサーにしてはスイッチが多い。
テールランプもフラッシュサーフェイス化。LEDの電球が覗く。外部からのエマージェンシーブレーカーもこの位置に備わる。 このアングルから見るとエンジン付きバイクと変わるところがない。メーターパネルはレーサーとしてはコンベンショナルなものを採用。しかし表示は電動レーサーらしくモディファイされているにちがいない。 長いストレートをイメージしてベタ伏せしてみる・・・。スクリーン越しにマクギネスは何をみたのか。マン島TTは300km/hで戦うモトクロス的ハードさがあると聞く。シートは堅目、ステップ、ハンドルバーの位置関係も荒れた路面で暴れそうなバイクを制御しやすいのでは、と想像できた。エコなレーサー、という通り一遍の印象ではなく、マン島TTへの思い、命を燃やす仕事場、という波動を感じるような神電なのである。