行った年来た年MotoGP SUZUKI篇 ジャーナリスト 西村 章が聞いた 技術者たちの2018年回顧と2019年への抱負

2018年のTeam SUZUKI ECSTARは、前年の不本意な成績によりコンセッション(ルール上の優遇措置)適用チームに陥落した状態でシーズンを開始した。アンドレア・イアンノーネとアレックス・リンス両選手の活躍により、スズキ陣営は開幕第2戦目から表彰台を獲得。第14戦アラゴンGPでコンセッションポイントが6点に到達し、2019年はふたたび、ライバルと同条件の通常レギュレーションで戦うことになった。合計9回の表彰台を獲得した2018年シーズンのレビューと2019年に向けた展望について、プロジェクトリーダー佐原伸一氏、テクニカルマネージャー河内健氏、そして今回はGSX-RRのエンジン設計リーダーを担当する益田(ました)大治郎氏にも加わっていただき、たっぷりとお話を伺った。

●インタビュー・文:西村 章
●取材協力:スズキ 



今回、お話を伺ったスズキ株式会社 二輪事業本部 二輪車両品質部 レース車両開発課の方々。(右より)佐原伸一氏(プロジェクトリーダー)、 河内 健氏(テクニカルマネージャー)、益田大治郎氏(エンジン設計リーダー)。

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―2018年は、第2戦アルゼンチンから3戦連続で表彰台を獲得するという好調な滑り出しでした。順調だという感触は当時からありましたか?

河内「なんとか結果は出ていましたが、確証や自信まではなかったですね。ヘレス(第4戦)では、ライダーはもちろんがんばってくれたのですが、棚ぼた的に表彰台を獲れた面もあったので、流れと運はたしかに良かったけれども、どうやって戦っていくか考えながら進めていた、というのが実情でした」

―コンセッションが適用されるチームは、シーズン内にエンジンをアップデートできるという有利な面があります。ハード面では開幕直後からどんどんアップデートをしていたのですか?

河内「現在のフレーム(前半分にカーボン補強が入った仕様)を投入したのは、ムジェロ(第6戦)です。アッセン(第8戦)でアップデートしたエンジンを使い始めたので、大きなアップデートはその二回ですね」

―カーボン補強のフレームを、リンス選手はムジェロの決勝レースで使用。イアンノーネ選手はカタルーニャからの採用だったようですが、ライダーのインプレッションはどうだったのですか。

河内「ブレーキングの信頼感が良くなった、と言ってくれました。直線での減速というよりも、コーナーにブレーキをひきずって入っていくところの信頼感がいい、というライダー評価でしたね」

佐原「アレックスはたしかFP4で転んでしまい、予選ではあのフレームのマシンが修復中だったので、使えなかったんです。しかし、フィーリングが良かったので決勝では使ってくれました。肩を痛めていたのですが、レースは最後までがんばってくれました」



開幕2戦目のアルゼンチンGPでアレックス・リンスは3位に。アンドレア・イアンネーネは第3戦アメリカズGP、第4戦スペインGPで3位と、チームスズキエクスターは3戦連続表彰台獲得という幸先の良い2018年シーズンスタートを切った。

―アッセンで投入したニューエンジンはどのようなアップデートだったのですか。

益田「ビッグチェンジは必要ないと判断していたので、出力向上と抵抗・メカニカルロスの削減を盛り込んだ正常進化ですね」

―そのアップデート版エンジンがすごく良い、とリンス選手はシーズン中に話していましたが、彼がアッセンで2位を獲った後はシーズン後半のアラゴン(第14戦)でイアンノーネ選手が3位を獲得するまで表彰台に届かないレースが続きました。結果がついてこなかった理由は、どういうところにあったのですか。

河内「ブルノやオーストリアを特に苦手とは思っていたわけではなくて、トップとのタイム差もあまりなかったのですが、リザルトにはつながりませんでした。レース最後までタイヤを持たせることについて、他社がグリップを維持できていた反面、我々はその部分が足りていなかった。それがあの順位になった、と分析しています」

―アッセンでコンセッションポイントが5点になりましたが、そこまでは想定通りに進んでいたのですか。

佐原「そうですね。時間の問題とは思っていましたが、確かに6点目はなかなか取れませんでした。実際のところは、リザルトこそ残っていないにせよ、前半戦で転倒が多かったとき、転んだ段階でのポジションは4番手や5番手を走っているときだったので、我々の印象としては、『ライダー、バイクを含め、パッケージ全体のポテンシャルはいいところまで来ている』と捉えていました。次の課題として求められていた安定性については、開発を進めていたあのフレームや他の細々したパーツ類の投入と現場の要求が合致して、後半戦に活きてきた、という流れです」



第14戦アラゴンGPでイアンノーネが3位となり、コンセッションポイントが6点に到達。その後、第16戦日本GPでリンスが3位、第17戦オーストラリアでイアンノーネが2位、第18戦マレーシアでリンスが2位、そして最終戦となる第19戦バレンシアでリンスが2位と、シーズン終盤は特性や環境条件の異なるサーキットでも常に高いパフォーマンスを発揮した。

―安定性というのは、どういう安定性ですか?

佐原「さきほど河内の言った減速時の信頼感、つまりコーナリングを始めるときにタイヤからのフィードバックが得られるとライダーは限界を掴みやすく、おのずと転倒も少なくなるじゃないですか。それまでの転倒は、本人はけっしてムリをしているつもりはなくても気づいたら限界を超えていた、という場合が多かったようです。転ぶ前に限界に気づけるようになった、ということですね」

―アッセン以降は、大きなアップデートはなかったのですか?

益田「そうですね。諸元としてはキープしている状態でした」

―そのニューエンジンで、パフォーマンスはどれくらい向上したのですか?

佐原「1パーセントくらいですよ。昔なら、ライダーが感じなかった程度の差なのかもしれません。でも、今はトップから10番手までコンマ数秒以内にひしめいている状態なので、コンマ数馬力の向上でもけっしてバカにはできないんですよ。それによって100分の1秒、1000分の1秒変わるだけで、大きく順位が変わる。我々が思っていた以上に、ライダーは違いを大きく感じてくれたみたいですね」

―トップスピードでいえば、時速でどれくらい変わってくるのですか?

佐原「トップスピードでいえばたいしたことはなくて、時速で言えばせいぜい1~2km程度かもしれません。しかし、そこに至るまでの到達スピードが大きく向上しているんです。加速全体に効く話だから、トップスピード以上に効果は大きかったかもしれません」

―何年か前に話を伺った際には『立ち上がり加速の勝負でオーバーテイクできるバイクにしなければならない』とおっしゃっていたように思います。その課題は、今ではある程度達成できるようになった、ということですか。

佐原「難しいですね。昔と今を比べると自分たちも良くはなっていますが、他社も当然改善をしているので、そこは競争だから達成度という意味で満足することはないでしょうね。ある瞬間に他社より速いとしても、次のレースではどうなるかわからないので、そこは歩みを停めてはいけない部分だと考えています」



―数パーセントのパフォーマンスの差は、エンジンの素性によるところが一番大きいのだと思いますが、制御でもある程度はなんとかできるものなのでしょうか?

佐原「どうでしょう。今、共通ECUの性能を我々がどれくらい使えているかはわかりませんが、これから先は、制御による加速のカバーはそんなに期待できないのかな、と見ています。我々の研究が足りていないかもしれないので、実はまだ可能性は大きいのかもしれませんが。でも、私たちはそれよりもむしろ、制御も含めた車体もエンジンも、バイク全体の性能を少しずつ拡大していくしかないんだと思います」

―一昨年に伺ったとき『制御はまだ70パーセントくらいの理解度』とおっしゃっていたと記憶していますが、今はもう重箱の隅をつつくような段階になっている、ということですか?

河内「そうですね、そういうふうには認識をしています」

―電子制御の話題では、来年からIMU(Inertial Measurement Unit:慣性計測装置)も共通化されます。“ECUドーピング”等と一部で言われるような、IMUでECUの性能が大きく変わる可能性はあるものなのですか?

佐原「私もその部分については詳しくありませんが、我々がそういうことをやっていないのは間違いないです。また、少なくとも我々にとって、IMU共通化によって性能に大きな影響を及ぼすこともありません。ただ、もしもそれで他陣営の性能が下がってくることがあったとすれば、相対的に我々の競争力は上がるのかもしれませんが、そんなことに期待もしていませんよ」

―ECUが共通化されたときには、各社のインハウス製品よりも明らかに性能は劣っていて、性能が下がることで競争力が平準化されました。IMUも同じ方向なのですか?

佐原「IMUから出てくる数値には違いはない、と考えています」

河内「2018年まで我々が使っていたものと交換しても、性能は変わらない予定です」

―バレンシアテストからスペックIMUを使用して、特に影響はありませんか?

河内「ないですね」

佐原「少なくとも、我々のバイクの戦闘力には影響していませんね」

―2018年は、チャンピオンのマルク・マルケス選手がシーズン途中からカーボンスイングアームを好んで使用していました。カーボン素材自体は特に新しい技術ではありませんが、スズキも将来的にカーボンスイングアームを投入する予定はあるのですか?


河内「今のところは考えていません。我々はカーボンスイングアームの経験がないので、どれくらいのメリットデメリットがあるかはわかりませんが、そこに注力するなら他のところに集中したいと考えています」

佐原「軽い、重い、というだけではなく、多少なりともオートバイのキャラクターには影響するんでしょうね。いずれは我々も挑戦していくのかもしれませんが、ただ、河内が今も言ったように我々はカーボンスイングアームの経験がないので、今は具体的に予定をしていません」

―2019年エンジンの特性は、2018エンジンと大幅に違うのですか?

益田「いえ、今のバランスが大きく的をはずしているとは思っていないので、正常進化を続けたいと思っています」

―エンジン開発面で大きくターゲットにしていることは?

益田「ドライバビリティを崩さずに、どこまで性能を拡大していけるか。我々に求められているのは、バランスを変えるよりも、あくまでも正常進化を続けていくことだと認識しています」

―ライダーからは、マシンについていろいろなリクエストがあると思います。この一年でどんなところにリンス選手の進化を感じましたか?

河内「セッティングやマシンの性能が100パーセントではない状況でも、ライダーのパフォーマンスでいいラップタイムを出してリカバーできるようになってきました。アンドレアは、そこについては最初からできているライダーでしたが、レース自体のマネージメントはコンディションに左右されることもありました。逆にアレックスは、MotoGPの経験は長くないのですが、もともとレースディスタンスのマネージメントはできていました」


―2019年からは、ジョアン・ミル選手が加入します。バレンシアとヘレスのテストを二回終えて、彼の印象はどうですか。

河内「彼は非常にいいと思っています。新人なのに体力はあるし学習能力は高いし、新人らしからぬ冷静さも備えています。我々の予想以上に早くMotoGPに慣れてくれるかなと思っています」

ゼッケン36のGSX-RRを駆り、チームスズキエクスターでリンスと共に2019年シーズンを戦うルーキー、ジョアン・ミル。スペイン出身の2017年Moto3クラスチャンピオン。

―これは最後に訊ねようと思っていたことなのですが、では、来年はチャンピオン争いをできそうですか?

佐原「常にトップグループにいなければならない、と思っています。そこで優勝争いできるか、結果的に勝てるかどうかは運や巡り合わせもあるでしょう。ただ、いつもトップグループにいなければ勝つチャンスもありません。そのチャンスは常に持っていたいし、持っているべきだと思います。そのためにも、今のバランスを崩さないで全体的に性能を拡大していくことを目標にしています」

―トップグループ内にいる自信は、今シーズンの結果を得て大きくなったのでは?

河内「2018年シーズン前半は、目標だった表彰台争いをできていたのですが、何かしら上位のリタイアやアクシデントがなければ表彰台には上がれない状態でした。そこからもう一歩、マシンやライダーのパフォーマンスが上がり、上位が何もなくても表彰台圏内を争えるようになってきたのがシーズン後半戦でした。そこから今度、優勝争いをするまでにはさらに次のワンステップがあると思います。そのワンステップのために2019年モデルの開発を進めているのがこのシーズンオフの段階で、そこがうまく結びつけば開幕から表彰台争いやトップ争いをできるでしょう。その、『もうワンステップ』をできるかどうかが、来年優勝争いができるかどうかのカギだと考えています」

佐原「それはライダーだけではなく、バイクだけでもなく、チームとして全体的に強くならなければならないのだと思います。速さについては、開発を積み上げれば得られるものですが、強さを得るにはさらにプラスアルファが必要です。現場のチーム、本社でバイクを作っている開発陣を含めて、チームスズキ全体としての強さ。そこをどうやって作っていくのか、が重要ですね」

ー2017年と2018年は、ホンダとドゥカティがチャンピオン争いをしました。両社ともV型(L型)エンジンです。インラインフォーは不利だと言われることもありますが、それは根拠のある言説だと思いますか?

佐原「数年前に、ヤマハさんが強かった時代は逆のことを言われていましたよね。両方ともそれぞれいいところ悪いところがあるので、タイヤや気象条件も含めてその時々の状況次第で変わってくる、ということだと思います」


―気象条件は人間にどうしようもない要素ですが、タイヤに関しては、今のミシュランにはV型エンジンのほうが有利な面がある、と思いますか?

佐原「私は、インラインフォーだから不利とか有利というのはない、と思っています」

河内「Vだからいい、インラインフォーだからダメ、というような簡単な話ではないと思います。タイヤにどれだけの荷重をかけたらどれだけ力を出すかということで、車両そのものの前後分担荷重が結構影響するのだろうと思います。爆発間隔はVだろうがインラインフォーだろうがほぼ同じところを使っているだろうと理解しているので、インラインフォーだからダメ、というのは考えたことがないですね」

―クランクシャフトの回転方向は、タイヤ性能にも影響を及ぼしますか?

河内「今のトレンドは、逆方向ですよね。我々は公表していませんが(笑)、きっとみなさんそうなのだと思います。個人的な印象としては、クランクの回転方向はタイヤブランドや性能にはそれほど影響しないと思っています。むしろクランクシャフトの回転方向に関しては、『大きな排気量の大きなパワーのバイクを走らせるときに、加速で何がネックになりますか?  ウィリーですね。では、クランクをどの方向に回したほうがいいですか?』『大排気量でクランクの長いインラインフォーだと、ハンドリングが重くなりますね、では、ジャイロ効果を消すにはどっちの回転方向がいいですか?』等々と並べていったときに、今のレギュレーションでは逆回転が適しているのかなと思います」

―ウィリー制御という話題が出たので、ひとつ伺いたいのですが、フェアリングは今、どこも皆、似た形状になっています。必然的に似たようなところに落ち着くものなのですか?

佐原「レギュレーション上、今は単純なウィングレットはできません。残された道を辿っていくと、結果的にどこもだんだん似てくる、ということはあるのかもしれませんね。来年は寸法も規制されるので、なおさら似てくるかもしれません」

―スズキはサテライトチームを持っていません。2020年にサテライトを持つつもりで、2019年シーズンに準備を進めるのですか。もしくは、将来的に持てればいいと漠然と考えている程度なのですか。あるいは、そもそも必要ない、と考えているのでしょうか?

佐原「現時点では、ファクトリーの2台が成績を出せることに集中をしています。ただし、もう一方では、レースをする意味のひとつとしてマーケティングも重要な要素で、スズキのブランド力を上げるためには、台数を増やして露出機会を増やすことがもっとも手っ取り早い方法だから、いつかは増やさなきゃいけないだろうと思っています」

―2018年を振り返って、100点満点で何点くらいですか?

佐原「85点はいったのではないかなと思います」

河内「じゃあ私も85点で(笑)」

益田「エンジンはまだ力不足を感じるので、75点ですね」

―残り25点は何ですか?

益田「自分たちの力はまだライダーを助けるところまで行ってないと思うので、ライダーを助けられるオートバイを作りたいと思っています。来年は80点を超えていきたいですね」

―2019年は、85点を超えて90点は行けそうですか?

佐原「85点は超えなければならない、と思っています」

河内「当社比では超えているのですが、あとは他社がどれだけ上げてくるか、ですね」

益田「他メーカーさんの進捗具合との戦いになると思います」

―2019年の仕様決めは、もう大筋で見えていますか?

河内「おおよそこれになるだろうなあ、というところは見えています。最終判断はセパンになりますね」

佐原「最終の確認段階、といったほうがいいでしょうね」

河内「セパンでは、『19年スペックはこれでいいよね』というテストをしようと思っています」


チームスズキエクスターのGSX-RR開発メンバーとして2018年シーズンを戦った皆さん。(左より) 田村耕二氏(車体実験リーダー)、佐藤聡彦氏(車体設計)、内山達司氏(エンジン設計)、杉浦 久氏(エンジン整備)、(河内テクニカルマネージャー、佐原プロジェクトリーダーを挟んで)甲斐大智氏(制御開発)、(益田エンジン設計リーダーを挟んで)髙田 諒氏(エンジン実験)、森貞 俊氏(電装設計)、深江俊文氏(メカニック)。

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