ボンネビルからの招待状

 アメリカに行くようになってすでに30年。いろいろなレースに行ったが、特にドラッグレースが好きで今でも年に数回行っている。アメリカンレースには、すっかり慣れて、ちょっとしたことでは驚かないつもりでいた。ボンネビルに初めて行った2010年、その認識がすっかり間違っていたことに気が付いた。見渡す限り真っ白な平原。何でこんな場所に来てしまったのかと思った。曇るとどこまでが地面でどこからが空かわからなくなる。そんな場所を時速200マイルが当たり前なランドスピードレーサーが走っていく。しかもライダーが気負っている様子もない。クレージーっていうのはこういうことなのだと実感した。
 それから9年。そのクレージーな世界にすっかり馴染んでしまった気がする。最初の頃は、ヒロ以外の参加者もレースのルールもよくわからなかった。いつの間にか友達も増え、レースのこともだいたいはわかるようになった。夏になるとそこにいることが必然だと思ってしまう。それはたぶんクレージーな友人たちに会いたいためなのだとようやく気がついた。

●文・写真:増井貴光


1マイルの計測区間の平均速度は259.951マイルだが車載GPSでの瞬間最高速は262マイル。メトリックに換算すると時速420km!! シッティングタイプで400キロを超えているのは世界で5人はいないのではないだろうか。

 アメリカ、ユタ州のボンネビル・ソルトフラッツで開催される「Bonneville Motorcycle Speed Trials」。FIMとAMAが公認するランドスピードレースだ。2008年からこのレースに挑戦し続ける日本人がいる。彼の名前は小磯博久。フルネームよりもアメリカでの通称Hiro.Koisoとして聞き覚えのある人が多いのではないだろうか。
 2006年型のハーレーダビッドソンFXDをベースにしたランドスピードレーサーを 毎年改良して通算10回のレースに参戦し数多くのレコードを樹立した。一昨年のクラッシュで大破したバイクを作り直した2017年。ソルトフラッツのコンディションが悪く誰もが苦戦する中、小磯は時速227.236マイル(365.702km/h)を出しカウルの無いバイク(オープンバイク)としてはメーカー、車種を問わず世界最速となった。

 2018年のターゲットは、250マイル(約400km/h)。昨年までと同じFXDを1年かけてシェイプしカウルを装着した。AMAのクラスは3000APS-PBG/PBF──これは3000cc以下オリジナルシャーシ、カウル装着、プッシュロッドエンジンを表す。最後のアルファベット(PBG/PBF)は燃料の種類で、Gがガソリンのみ、Fがフューエルでナイトロなどどんな燃料を使うことも可能になる。2014年に211.032マイルでレコードを取ったのだが16年に破られてしまった。昨年は準備時間の不足からカウル無しでレースに臨んだが、
、今年は16年に使ったカウルのデザインを改良し更に空力を追求した。
 今年のボンネビルは地面である塩のコンディションが今までになかった程良かった。初日は天気も良く午前中は風も無く最高のLSR日和。テスト的に走らせた1本目で小磯は、いきなり223.195マイル(359.199km/h)を記録。これはFIMの2500ccクラスのレコードとなった。しかし2本目の走行でミッションのトラブルが出てエンジンを開けての修理となる。



チームHKRと日米から集まったサポーター。トラブルがあった時の対応はワークス並み。 初日の走行でミッションのギアが粉砕。それでも4時間後には修理してコースに出て行く。

 2日目は1本目で修理したエンジンの確認。無事に走れて2本目にチャレンジ。2マイルを使って加速していくのでスタート地点から見ている分にはスピードは感じられないが、明らかに排気音が違う。たかだか1、2分なのだが、とてつもなく長く感じる。そして無線を聞いたオフィシャルがサムズアップ。ターゲットスピードを超えて259.951マイル(約418.35km/h)という驚異的なスピードを記録した。レコードを出したバイクは一度インパウンドに行き車検官の確認の後、2時間以内にコースを逆から走ることになる。この往復の平均速度が公式なレコードになる。風や路面状況などの自然条件の中で公正を得るためのルールだ。しかし小磯のバイクは、フロントタイヤの剥離やエンジンからオイルを吹いていたこともあり、そのままでは走れない。フロントタイヤの交換を済ませ、シリンダーヘッドを外すとピストンが割れていた。残念ながら公式レコードへのチャレンジはここで断念となった。



スタート地点ではピリピリした空気はほぼ無い。2マイルの加速区間を使って最高速まで加速する。 Downは往路。レコードが出ると同じコースを逆走=Returnを走って往復の平均速度が正式な記録になる。

 FIM、AMAのレコードは取れなかったが259マイルという驚異的なスピードはBMSTのレコードとしては残る。この記録はロケットのようなストリームライナー以外のハーレーダビッドソンをベースとして作ったバイクとしては世界記録となった。
 レース後に「来年のターゲットは1970年にハーレーワークスがストリームライナーで樹立した265.492マイルを上回ること。今回の感触から270オーバーも夢ではない」と小磯は語った。時速400kmという想像し難いスピードを出した小磯の夢は何処までも留まることはない。来年も彼から目が離せない。



日本からスーパーカブをベースにしたランドスピードレーサーで参戦した近兼拓史さん。125ccのチューニングエンジンをRS125のフレームに搭載。日本のものづくり技術を結集して最速を狙う。


260マイルからの減速で剥離したヒロのフロントタイヤ。20マイルごとにバイクの挙動や起こるトラブルが変わると言う。ビンセントのLSRマシン。カスタムバイクとしても秀逸。

走行が終わると自力では戻らずチェイストラックがお迎え。トレーラーに積んでピットまで戻る。コースは全長8マイルあって、ちょっとした移動では済まない感覚。

普段は徹夜以外で朝日を観るなんてことはまず無い僕だがBMSTのレースウイーク中は毎朝、日の出の時間にはピットにいる。この光景を観れるだけでも来た甲斐がある。