西村 章

 決勝レースがキャンセルされるのは、1980年のオーストリアGP、ザルツブルグリンク以来のことだそうだ。そのときは、一晩で40cmの積雪があり、レースが中止されることになったのだという。
 対して今回は、雨による路面状態の悪化が原因による決勝レースの中止、である。路面の水はけが悪く、降雨でできあがった水たまりが掃けないため、その水たまりでハイドロプレーニング現象が発生し、コントロール不能状態による危険な状況の発生を回避できないために、MotoGP、Moto2、Moto3全クラスのレースが中止されることになった。要するに、雨の激しさそのものが原因なのではなく、雨で悪化した路面状態がいつまでたっても改善せず、安全な走行を保証できないためにレースを開催できなかった、という説明がいちばんわかりやすいだろうか。

 シルバーストーンサーキットは、もともとバンプ(路面の凸凹)が激しいことで有名なコースではあった。その対策として、昨年のレース以降に再舗装が施されている。レースウィーク初日の金曜に走行を終えた選手たちは、一様にグリップの向上に関しては評価をしていたが、大半の選手が、バンプそのものはけっして改善しているわけではない、と話した。路面の舗装後にF1が開催されているため、その影響でバンプがまたしても大きくなってしまったという事情もあるのかもしれない。さらに、今回の補修では、一部区間の表面が凹状になり水を溜めやすい構造になってしまった。この水はけの悪さが決定的な要因になって、決勝レースの中止が決定された、というわけだ。

 土曜午後のFP4では、この水たまりが原因のハイドロプレーニングで転倒者が立て続けに発生。そのうちのひとり、ティト・ラバトがコースサイドへ退避中に、滑走してきた他者のマシンに衝突されて、右大腿骨と腓骨、脛骨を骨折するという事態も発生した。ただの転倒ですんでいたはずが、路面状況が原因で大きなケガになってしまったのは不幸なことだが、このコンディション下の事故では中枢神経を負傷するような事態もありえただけに、重傷とはいえ骨折で済んだのは不幸中の幸い、ともいえる。とはいうものの、本来ならせずにすんでいた負傷だけに、このラバトのアクシデントが悪条件下のレース開催に大きな警鐘となったことはまちがいないだろう。

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 イギリスの天候はオランダなどと同様に変化が激しく、レースウィークのどこかで必ずといっていいほど雨が降る。昨年のように、三日間通して好天のドライコンディションを維持するのは非常に希有な例だ。今年も、決勝レースが行われる日曜はかなり高い確率で雨になると予想されていた。土曜段階では、翌日の雨は100パーセントという情報で、降雨状態でのレース開催は安全上の懸念が大きいことから、土曜の予選終了後に決勝のスケジュール変更が決定した。ちなみに、この土曜午後の予選も、Q2は路面状況の改善を待って当初の予定から55分順延されるという結果になった。

 最初のスケジュールでは、日曜はMoto3、MotoGP、Moto2の順で午前のウォームアップと午後の決勝レースが順次行われる予定だったが、新たなスケジュールでは、MotoGPを一番前の時間に繰り上げて、MotoGP、Moto3、Moto2の順番で行うことになった。

 日曜になり、MotoGPクラスのウォームアップはドライコンディションを維持したが、続いてMoto3のウオームアップが始まる頃からぱらぱらと来はじめた雨は、やがて絶え間なく降り続くようになった。Moto2のウォームアップ20分間を経て、MotoGPのライダーたちが決勝レースに向けてサイティングラップへ出て行く頃には、すでに一定量降り続いた雨の影響で、路面には水たまりができあがっていた。

 11時にサイティングラップへ出た選手たちは、30分後の開始に向けて、一応はスタート進行のグリッドについた。が、この路面状態で決勝レースを開催することは困難との判断からレース開始の延期が決定。選手とマシンはピットボックスへ引き上げていった。

 その後、セーフティカーがコースインして路面の水量を確認する走行に出たものの、そのセーフティカーすらがハイドロプレーニングでタイヤを取られるような路面状況だった。 DORNAや関係者、選手たちが何度か協議を行う中で、月曜にレースを順延する案も含めて様々な可能性が模索されたが、最終的に16時をもって全3クラスの開催中止が決定した。





 と、以上のように状況の推移を概括すれば、今回の決勝レース中止決定そのものに関しては、関係者たちがぎりぎりまで開催可能性を模索しながら下したやむを得ない決断であることはおわかりいただけたと思う。この最終決定の妥当性については(その決定タイミングの是非は措くとして)、おそらく異論は少ないだろう。

 では、そのレース中止を決定するに至った原因についてはどうだろう。

 冒頭で言及した1980年ザルツブルグリンクの事例は、一晩で40センチも雪が積もった、いわゆる〈天災〉といってもいい事例だ。では、今回の事態も同様に〈天災〉によるものなのか、というと、ここまでお読みいただけばおわかりのとおり、雨量や雨の強さが原因で危険が生じたのではなく、雨で発生する路面の水たまりが掃けなかったこと、が直接の原因である。つまり、路面舗装の妥当性に関する問題、といいかえてもいいだろう。わかりやすい比較例としては、過去にもシルバーストーンで今回の決勝日と同程度の雨になったことは何度かあったが、いずれもウェットレースとして問題なく開催されている。ゲリラ豪雨のような予測不能の突発的大雨で危機的状況が発生したわけではなく、しとしとと降り続く雨でも劣悪な排水性のためにコース上の水たまりがなくならなかったことによるものだ。いわば、〈天災〉というよりもむしろ、「避けることができたであろう過失」という印象も拭いきれない。

 レース中止当日の夕刻に、シルバーストーンサーキットのマネージングダイレクター、スチュワート・プリングル氏の行った説明では、工事業者等と協力してデータ収集と解析を行い早急に原因の究明に務める、という。その作業の過程では、今回の舗装を査察し、サーキットにホモロゲーションを与えたFIMやセーフティオフィサーの作業についても、それが充分なものであったのかどうかという検証もあっていいかもしれない。

 そこで明らかになってくる過失はおそらく、どこかひとつの組織や誰かひとりのおおきな欠陥というわかりやすいものではなく、何かがうまく噛み合わずに網の目からこぼれていく構造的な死角のようなものが輻輳し合った結果、というような種類のものであるような気もする。おそらく〈ヒューマンエラー〉とは、概してそういうものなのだろうけれども。

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 というわけで、2週間後の第13戦サンマリノGPでは無事に決勝レースが行われますように。ではまた。

次戦、サンマリノGP(ミザノ)は9月9日決勝です。

 

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