西村 章

 第11戦オーストリアGPといえば、昨年のアンドレア・ドヴィツィオーゾ(Ducati Team)対マルク・マルケス(Repsol Honda Team)の激闘を昨日の出来事のように記憶に強烈に灼きつけている方々も多いことだろう。最終ラップの最終コーナー立ち上がりまで続いたバトルは、ドヴィツィオーゾが僅差で制し、数ヶ月後にその戦いを今度はウェットコンディションの日本GPで再現した際には、「雨でこんなバトルができるものなのか!?」と世界中が舌を巻いたものだった。

 レッドブルリンクは2016年にアンドレア・イアンノーネが優勝してドヴィツィオーゾが2位、2017年は上記のとおりドヴィツィオーゾが優勝、とドゥカティが強さを発揮するコースとして知られている。上り下りのメリハリがハッキリしたコースで、直線を7つの右コーナーと3つ(事実上ふたつみたいなものだけど)の左コーナーでつなぐレイアウトは、いわゆる典型的なパワーサーキットである。今年もドヴィツィオーゾはプラクティス段階から予想どおりの速さを発揮し、そこへやはりマルケスがより速いラップタイムをたたみかけてくる、という展開も予想どおりで、土曜午後の予選を終えてフロントローを獲得したのは、ポールポジションのマルケスを筆頭に、ドヴィツィオーゾ、そしてチームメイトのホルヘ・ロレンソという3名。ドヴィツィオーゾとロレンソは一週間前のブルノでもワンツーフィニッシュを達成しており、ドゥカティファクトリーはいい流れを掴んでレッドブルリンクの決勝を迎えていることが覗えた。

 一方のマルケスは、ポールポジションを獲得したものの、彼ら両名との激しいバトルとなることがほぼ間違いないであろう決勝レースに関しては
「明日はもちろん最終ラップまで戦うつもりだけど、チャンピオンシップのポイント差も念頭に置いておきたい」
 とも話し、レースの状況次第では確実にポイントをおさえに行く可能性もにおわせた。

 しかし、そこはやはりマルク・マルケスである。目の前にバトルというごちそうがぶら下がっていたら、矢も楯もたまらずパクっと食べにいかずにいられない性分であることは夙に世の知るところ。今回もそういう流れになった……のだが、この三つ巴の争いからドヴィツィオーゾが後半三分の一に差し掛かった当たりで早々に脱落してしまったことは、おそらくこのレースを観戦していた皆にとってやや予想外の展開だったのではないだろうか。

 それはドヴィツィオーゾ自身にとっても同様のようで、レース後には
「結局はタイヤチョイスがベストではなかったのかもしれない。残り10周で、ミスもしたとはいえ、すでにタイヤの右側がかなり厳しくなっていた」
 と、前ふたりに離されてしまった理由を説明した。

 上記の言葉にもあるタイヤチョイスだが、ドヴィツィオーゾが選んだリアタイヤのコンパウンドはミディアム。これに対して、マルケスはハード、ロレンソはソフトである。
 ハードを選んだマルケスは、「ドゥカティをどちらか一台に絞り込むため」に序盤からペースよく飛ばし、結果的にドヴィツィオーゾが脱落してロレンソとの一対一の対決状態に持ち込んだ。マルケスの作戦も巧みだが、この戦いで見事なのがロレンソの対応である。ソフトコンパウンドにもかかわらずきっちりとタイヤを温存しながら、レース後半に勝負どころと見るや一気に仕掛けていった。

「マルクはプラクティスで24秒2や24秒3のタイムで走っていたけど、決勝はMoto2のあとで幸いにもグリップが低下していた(ダンロップのラバーが路面に乗っている状態は、MotoGPの選手にとってはかなり滑りやすいようで、このようなコメントはMotoGPライダーから頻繁に聞く。逆にMoto2の選手にとって、ミシュランのラバーが乗った状態はかなりグリップが良くなるようで、特にセッションがMotoGPの後に行われる土曜午後の予選では、ミシュランのラバーが乗った序盤にタイムを狙った、というコメントもたびたび耳にする。閑話休題)ので、さすがの彼も24秒2では長く走れず、0.2秒ほど遅いタイムになっていた。それが逆に自分には功奏して、マルクについて行くことができたし、体力とタイムを温存することもできた」
 と話すこのコメントの中には、ロレンソの強さを示唆する要素がじつにぎっしりと詰まっているので、皆様も適宜、分析なさってみてください。これ、今日の宿題。

 というわけで、ロレンソは第7戦カタルーニャGP以来の今季3勝目。
 一方、2位のマルケスはロレンソとのバトルの最中、何度も3コーナーで仕掛けてロレンソの前を奪っていた。最終ラップでも、1コーナーで前を奪われたロレンソに対してまたしても3コーナーで仕掛けたのだが、ロレンソがアウト側からさらにオーバーテイクしていき、その後は前に出られず、結局、0.130秒の僅差で2位のチェッカーフラッグを受けた。

 この最終ラップ3コーナーの攻防だが、ロレンソの立場からすれば、これぞ得意の〈ポル・フエラ〉(大外からのオーバーテイク)である。一方、マルケスの方はというと、進入でインを突いたのはいいものの、あの勢いのまま行くとラインが絡んでアウト側のロレンソに接触しかねない状況だったため、立ち上がりではやや引いているようにも見える。土曜の予選後に「チャンピオンシップのポイント差も念頭に置いておきたい」と述べたのは、ひょっとしたらこういうことだったのかもしれない。

 レースを終えたロレンソは「マルクのようなバケモノと最後まで戦うのは大変だった」と話しているのだが、ソフトコンパウンドのリアタイヤを最後まで緻密にマネージメントしながら、バケモノ相手のギリギリのバトルを制しているのだから、ホルヘ・ロレンソという人も充分にバケモノである。



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*   *   *   *   *

 というこの優勝争いもさることながら、このウィークで大きな話題になったのが、土曜夕刻の選手取材の場にヤマハ技術陣トップの津谷晃司氏が現れて謝罪をした、という一件である。

 以前にも記したことがあるとおり、選手たちはそれぞれ一日の走行を終えた夕刻に囲み取材の時間と場所を設けており、通常、我々はそこで彼らと毎日の質疑応答を交わす。土曜の予選後は、バレンティーノ・ロッシが16時40分から、マーヴェリック・ヴィニャーレスが16時50分から、それぞれMovistar Yamaha MotoGPのホスピタリティで質疑応答を行うスケジュールなのだが、この日、ロッシの質疑応答の前に津谷氏が現れ、YZR-M1のパフォーマンスの悪さ、電子制御開発と加速面での改善が見られないことなどをメディアの面前で選手両名に謝罪し、今後のテスト等で課題の解決を図り、可能な限り早く現状からの脱出を狙っていくつもりであると説明した。

 この日、ロッシはQ1で4番手に終わってQ2への進出を逃し、総合順位では5列目14番グリッドになった。また、ヴィニャーレスはQ2へダイレクトに進んだものの、ビリから2番目のセッション11番手で、日曜の決勝は4列目スタート。たしかにこの日のヤマハファクトリーの予選結果は酸鼻を極める内容だった、といっていいかもしれない。

 とはいえ、ファクトリーのマシン開発を牽引する人物が、選手取材の場でメディアを前に公開謝罪をするなど、前代未聞の出来事である。おそらく、グランプリ70年の歴史でもこのような出来事は過去に類例がないのではないか。

 この津谷氏の謝罪会見を目の当たりにしながら感じた強い違和感の理由を、この当日は自分でも明確に咀嚼できないでいたのだが、レースが終わった今、少しずつその理由が掴めてきたような気がする。

 この津谷氏の会見は、選手側がパフォーマンス低迷は自分たちの原因ではないことを明確にするために要求したとも言われているのだが、ヤマハ側の自主的なものであろうが選手の要求であろうが、誰がこの会見を企図したのかということそれ自体は、この場合、重要な問題ではない。大切なポイントは、我々メディアを介し公衆の面前でヤマハ技術陣が選手に対して謝罪をする、ということの意味である。

 メーカーのマシン開発がライダーの要求どおりに進捗せず、狙っているような成績を残せない現状の反省や対応措置などは、いわばファクトリーチーム内部の問題である。技術開発陣が自分たちの失敗を認めることや選手に対してそれを謝罪することの是非も、外部の関知することではない。過失の認知や謝罪をメディアがかぎつけた場合はゴシップとしてしばらくニュースのヘッドラインを賑わせることにもなるだろうが、それもまた公開謝罪の是非そのものとは別の話だ。だが、ヤマハの立場からすれば、そのようなゴシップが虚実ない交ぜになって流布するのを避けるために、情報公開の一環としてあえて公の場で謝罪を行ったのだ、という弁明は成立するかもしれない。その意味では、この公開謝罪はたしかに、まったく実施する意義なしというものでもないだろう。

 だが、あえてメディアの面前で技術開発の長が選手に対して謝罪を行っている以上、その目的のひとつが謝罪事実の報道にある、ということは間違いないだろう。

 とはいえ、この公衆の面前での謝罪は、ある意味ではじつにヤマハらしい、選手たちへの篤実で誠意のこもった対応、という側面もあるのだろう。だが、本来ならシャッターを下ろしたガレージの中やオフィスの奥で済ませればよい種類の内部事情を、あえて公の場にさらけ出してメディアを通じてひろく世に伝播しようとする行為には、ヤマハ側がそれを意図するとせざるとにかかわらず、作為的な「わざとらしさ」がつきまとってしまうのは、ことが「公開」で為されたものである以上、ある程度しかたのないことでもある。

 日本企業、あるいは日本全体の社会風土として、なにか不祥事が発生した場合には組織の責任者がメディアの前で神妙に頭を下げ、謝意を表明するのは、日本に住んでいれば非常に見慣れた光景ではある。だが、そもそも電子制御や加速性改善の遅れという技術開発の問題は、社会規範逸脱や法律違反などの秩序紊乱行為とはまったく類を異にするものであり、それだけに今回のヤマハの公開謝罪を、これら日本社会の謝罪風土に根ざすものとして理解をするのは、あまりに拙速であるように思う(その文脈のなかに無理矢理回収して類型的な日本特殊論へ安易に落とし込むほうが、思考方法として楽ちんではあるのだろうけど)。

 わかりやすい例を挙げれば、同じような問題がホンダで発生したと仮定した場合、HRCの技術開発責任者が、はたして公の場で選手に対して自分たちの開発の遅れやマシンパフォーマンスの低さを謝罪したりするだろうか。そう考えれば、この行為が日本文化それ自体に深く根ざすものではない、ということがわかる。



 さて、このメディアデブリーフの場で津谷氏が行った公開謝罪に対するなんともいいようのない違和感について、数日を経てようやく自分自身でもある程度得心のいく説明が見つかってきたような気がする。

 要するに、この公開謝罪の際に感じた居心地の悪さとは、ヤマハが自らの手で自分たちの開発技術をいわば公開処刑せざるをえなかった場に居合わせてしまった気まずさ、のようなものなのだろうと思う。もう少し強い比喩で言えば、正義の名の下に糾弾されて自己批判させられている人を見ているときの違和感ややりきれなさ、といってもいいかもしれない。

 日曜の決勝レースでは、14番グリッドからスタートしたバレンティーノ・ロッシはじつに見事な追い上げを見せて6位フィニッシュ。マーヴェリック・ヴィニャーレスは11番グリッドからスタートしたものの12位でレースを終えた。

 そしてレース後の定例囲み取材で「昨日の、津谷さんの謝罪は必要なことだったのですか」という問いに対してロッシは
「それを決めるのは自分じゃない」
 と答えた。
「僕たちにとって重要なのは、バイクの改良。これが唯一の大事なことなんだ」

次戦、イギリスGP(シルバーストーン)は8月26日決勝です。

 



■2018年8月12日 
第11戦 オーストリアGP
レッドブル・リンク

順位 No. ライダー チーム名 車両

1 #99 Jorge LORENZO Ducati Team DUCATI


2 #93 Marc MARQUEZ Repsol Honda Team HONDA


3 #4 Andrea DOVIZIOSO Ducati Team DUCATI


4 #35 Cal CRUTCHLOW LCR Honda CASTROL HONDA


5 #9 Danilo PETRUCCI Alma Pramac Racing DUCATI


6 #46 Valentino ROSSI Movistar Yamaha MotoGP YAMAHA


7 #26 Dani PEDROSA Repsol Honda Team HONDA


8 #42 Alex RINS Team SUZUKI ECSTAR SUZUKI


9 #5 Johann ZARCO Monster Yamaha Tech 3 YAMAHA


10 #19 Alvaro BAUTISTA Angel Nieto Team DUCATI


11 #53 Tito RABAT Reale Avintia Racing DUCATI


12 #25 Maverick VIÑALES Movistar Yamaha MotoGP YAMAHA


13 #29 Andrea IANNONE Team SUZUKI ECSTAR SUZUKI


14 #38 Bradley SMITH Red Bull KTM Factory Racing KTM


15 #30 Takaaki NAKAGAM LCR Honda IDEMITSU HONDA


16 #55 Hafizh Syahrin Monster Yamaha Tech 3 YAMAHA


17 #41 Aleix ESPARGARO Aprilia Racing Team Gresini APRILIA


18 #43 Jack MILLER Alma Pramac Racing DUCATI


19 #21 Franco Morbidelli EG 0,0 Marc VDS HONDA


20 #45 Scott REDDING Aprilia Racing Team Gresini APRILIA


21 #17 Karel ABRAHAM Angel Nieto Team DUCATI


22 #12 Thomas LUTHI EG 0,0 Marc VDS HONDA


RT #10 Xavier SIMEON Reale Avintia Racing DUCATI



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