オオカミ男のひとりごと

HERO‘S 大神 龍
年齢不詳

職業フリーライター

見た目と異なり性格は温厚で性質はその名の通りオオカミ気質。群れるのは嫌いだが集うのが大好きなバイク乗り。
時折、かかってこい! と人を挑発するも本当にかかってこられたら非常に困るといった矛盾した一面を持つ。おまけに自分の評価は自分がするものではないなどとえらそうな事を言いながら他人からの評価にまったく興味を示さないひねくれ者。

愛車はエイプ100、エイプ250?、エイプ750?。
第67回 海外編第14章 Mr Kim

 
オレのマン島での朝は早い。そして常に寝不足。だがそれにもすっかり慣れてしまった。
マン島生活も4日目。この日の天気は晴れ。レースの開催はほぼ間違いないだろう。
朝食に先日買ったサンドイッチを食べた。教会で食べたものに比べると上出来だ。これも慣れというやつかもしれない。
その後、観戦場所へと移動する。オレのプランに変更はない。先日は中止になったがやはり行き先はバラフ・ブリッジだ。先日と同じ場所まで送ってもらった。この日は大阪から新婚旅行で来ているT夫妻も一緒だ。
その移動中、旅行会社の担当者が耳寄りな情報をオレ達に吹き込んでくれた。
レースのコース沿い、バラフブリッジの目の前にキムさんという知り合いが住んでいるという。もう3年ほども会っていないらしいがもしまだ住んでいたなら頼み込めば庭先で観戦させてもらえるかもしれないと言うのである。
昨日、あの辺をじっくり下調べしたからオレにはその家の場所が分かる。そしてその場所はバラフ・ブリッジの観戦においては特等席、いやVIP席と言っても過言ではない。
なんせバラフ・ブリッジは大人気のポイントでありながら観戦できる場所は限られていて
凄まじく混雑している。

 
キムさんという人に会えるかどうかはわからない。仮に会えたとしてもその場所を提供してくれるという保証はない。だが、もしそのVIP席をキープできたなら・・・。これは賭けである。
レース開始まで2時間以上あるがすでに多くの観客が集まっている。さっそくにオレはキムさんという人の家に行ってみることに。目星をつけていた家の前に辿り着いた。しかし・・・その家の前にはFOR SALEと書かれた看板が立っている。
並びの家のバルコニーには人が多くいてレース開始を待っている感じだがその家だけは人がいない。引っ越してしまったか。

担当者の話も3年前のものである。キムさんがそこを引き払っていたとしてもおかしくない。一緒に来たT夫妻はあからさまに落胆した様子だ。だが、あきらめるにはまだ早い。
ちゃんと確かめもせず自分で勝手に結論付けてしまうほど愚かな事はない。隣の家の庭に椅子に座ってお茶を飲んでいるご婦人がいた。オレは彼女に近づき話しかけた。
「Excuse me. do you know Mr.kim?」
すると彼女は怪訝な顔をしながらも「Yes. He sleeps.」と。おおっ・・・・おっ!?
限りなくゼロに近いと思われた可能性が一気に膨れ上がった。その歓喜が意識の中に湧き上がってくる。そしてある一定のラインでブレーキがかかった。世の中、ちょっといい材料が手に入ったからといってその先も思い通りいくとは限らない。ましてやこのマン島ではすべてにおいて楽観は禁物である。なんせこの日のオレたちの命運を握っているキムさんという人物、この騒々しい環境の中でまだ寝ているという。って事は・・・レースに興味がないのか、体調があまりよろしくないのか。だいたいなんで住んでいるのにFOR SALEの看板がたっているのか。色んな事が頭の中を過っていく。その辺を確かめたいがそれを確認するだけのやり取りができるほどの英語力が今のオレにはない。ここで彼が起きてくるのを待っていた方がいいのか。しかし、レースが始まるまでに、いやコースが封鎖されるまでに彼が起きてこなかったら万事休すである。

オレは意を決して目の前のご婦人に「I want to meet him.」と。
もうこのあたりがオレの英語力の限界である。これでダメなら諦めるしかない。
彼女はしばし困り顔で考えた末に家の奥の方へ消えていった。その先、なす術もなく待つ事数分、彼女が戻ってきた。すぐ後ろにはボサボサ頭でひげ面のオジサンがついてきている。
どうやら彼がキムさんのようだ。彼を引っ張り出すことはできた。ここからが肝心だ。
こっちから図々しく中に入れてくれみたいなそぶりは厳禁である。彼の方から招き入れてくれるように仕向けなければならない。ハードルは高い。彼にしてみればオレなど初めて会う怪しい外国人でしかない。しかも寝起き。ここはかつて高額な布団を売りまくったオレの営業力をフル稼働させる必要がある。だが最大ともいえる武器である言葉がここでは通用しない。さぁどうするか。実際、情報として彼に関しては日本が好きという事くらいしかオレは知らない。ならばそこを最大限に生かすしかないだろう。

オレは片言の英語を駆使して寝ている所を起こした事をまず詫びた。そして旅行会社の担当の名前を出し、彼を覚えているか尋ねた。
するとキムさんはあからさまに明るい表情をつくりYes! と。彼は元気にしているか? みたいな事も返してきた。うん、なかなかいい流れだ。そしてここからはオレの方便としてのウソ、ハッタリである。彼は私の友人で当時、世話になったお礼に彼から土産を預かってきているという内容を身振り手振りで伝えた。そしてオレが自ら日本から持ってきた富士山の絵柄の扇子をキムさんに手渡した。この土産の効果はテキメンだった。キムさん大喜びである。さぁキムさんどうする?
ここで「じゃぁ、彼にありがとうと伝えてくれ。さようなら。」
なんて言われた日には身も蓋もない。しかし・・・事はオレの思惑通りに運んだ。彼は・・・早口でよくは聞き取れなかったが「レースを観ていくだろう。中で一緒に観よう。」らしき事を言ってオレたちを招き入れてくれた。念願のVIP席、ゲットである。
オレ達が入れてもらったバルコニーは真正面にあのイカれたジャンプスポットがある。
コースが閉鎖されれば遮るものは何もない。

 
椅子に座ってじっくりと観戦できる。あとはレースが始まるのを待つのみだ。
オレ達が中に入れてもらってから少しするとキムさんの友人らしき人たちが次々と入ってきた。気が付くとバルコニーはほぼいっぱいの状態に。するとその中の一人がオレ達を指さして「コイツらはなんだ!?」みたいな事を言い始めた。あきらかにオレ達の事を不審がっている。まぁわからないではない。どさくさ紛れにその辺の一般客が紛れ込んだとでも思ったのかもしれない。今、キムさんがいてくれれば話は早いのだが・・・彼はさっき買い物に行くと言って出かけたばかりだ。困った。どうしよ!? 説明するのが面倒くさい。
その時、オレ達のすぐ後に入ってきたジャン・レノみたいな顔した革ツナギのオジサンが間に入ってきた。そしてその人に「この人たちはキムさんのお客さんだ。」といった感じで諭してくれている。その人も納得したようでソーリーと言いながら右手をオレに差し出してきた。なんか・・・・ビックリするくらいみんな、イイ人ばっかりだ。当初聞いた話ではイギリス人は他民族、特に東洋人には冷たいような話を聞いていたのだが・・・。

この島に来てずっと感じていた事だがここでは出会う人がみんな親切だ。誰かが絶妙なタイミングで手を差し伸べてくれる。教会でのオヤジのようにややこしいのもいるが結果としてはそのどれもがオレにとってはありがたいものばかりである。オレはジャン・レノ似のオジサンに礼を言い再び自分の席に収まった。小さなわだかまりが解消されると他の人たちもやたらとオレに話しかけてくる。オーストラリアから旦那さんと来ていたツーさんという女性。ドイツから来たプロレスラーのような体格をしたアクセルというバイク乗り。やはりここで日本人は結構、珍しいのだろうか。それともオレが珍しいのか。そんな中、キムさんが戻ってきた。キムさんは買ってきたTシャツを胸に合わせてみんなに見せびらかせている。もうすっかりご満悦である。

 
その場はレース観戦というよりもホームパーティーの様相と化していた。いやいや、まだレースも始まっていないというのにメチャクチャに楽しいんですけど!!

 
すぐ右方向にある例の観戦場所を見ると数えきれないほどの観客がひしめいている。あそこにいたらきっと死んでたな。賭けに興じた時、出る結果は二つのうちどちらかだ。
天国か地獄。
それに勝つというのはこういう事なのだろう。目の前では道路の封鎖が始まっている。
余興は終わりだ。いよいよ肝心のレースが始まる。


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