ふつーのおとーさんのバイクライフ シーズン2

その32「今もあこがれのSRX-6」

 僕は単気筒のバイク、特にSRX-6が大好きで、2度ほど所有した事がある。
 ノーマルではちょっとアンダーパワーだけど、軽くて曲がり易くて自在に扱えるような気分にさせてくれるとても楽しいバイクだった。そして何よりもそのスタイリングがとても気に入っていた。
 マフラーとリアサスペンションを交換してちょっとだけケツ上げすると、俄然美しく且つパワフルに(感じるように)なるのが良かった。2台ともキャブまでは手付かずだったのは今でも残念に思っている。
 もう一度所有して今度こそキャブまで触ってみたい。

 ところで僕がSRXを大好きになったのはその昔SRXに乗っていた女性の影響を受けての事だった。
 10年を一昔と言うならば優にふた昔以上も前の事になるのだけれど。

 その当時僕はまだ独身だったこともあって、まれにだけど週末の午後遅くにバイクでぷらっと会社にやってきて、やり残した仕事をやっつけたりしていた。
 いや決して仕事熱心だったという訳ではなく、単に快適な月曜日を迎えたかったのと、仕事を終えた週末の深夜に都心をバイクで走るのが面白かったというのが主な理由だった。
 ビルの警備員のおじさんと顔馴染みになっていたのでバイクを地下の駐車場に置かせて貰えたのも良かった。
 もちろん僕が行くのは毎週という訳ではなくごくたまの週末にだったのだけど、行く時はいつも地下駐車場に紺色のSRX-4が停まっていた。
 オーリンズのリアサスとヨシムラサンパー(マフラー)に交換された紺色のSRX-4は磨き上げられていてとても美しく輝いていた。
 SRX-4はスリムで、そして優雅な曲線美を持っていて、でも不思議と力強さも兼ね備える本当に美しく個性的なバイクだった。
 ちなみにこの頃のヤマハデザインはSRXだけじゃなくVMAX等々優れて画期的なものが多数あった。

 僕がバイクで来る週末には必ずこのSRXは停まっていて、そして僕が帰る夜にもまだ置かれたままだった。
 ある日ふと警備員のおじさんに、このSRXは一体誰が乗っているのかを聞いてみた。
 そして、違うフロアの違う会社の女性が毎日通勤で乗って来る事、デザイナー職で深夜まで働いている事、バイクが大好きで毎日乗っていたいと言っていた事などを教えてくれた。
 へえ~、結構すごいヒトですねえ。この都心へ毎日バイクで通ってるんだ~、と僕は単純に感心していた。
 今度紹介してあげるよと言われ、いいですよそんなの、と断ったけれど、機会があれば一度話を聞いてみたいな、と思った。

 当時の僕はオフロードバイクが大好きで、ホンダ2ストロークのCRM250Rをエンデューロ仕様にいじくり廻して悦に入っていた。
 そしてその後も週末の午後に会社に行った時は、紺色のSRXの隣のスペースにCRMを置いた。
 
 5月の土曜の晩、仕事を終え地下駐車場に降りて行くと、2台のバイクの前に人影があった。
 ああこのヒトなんだ、とやや躊躇しながら
近づいて行くと、向こうから「やっと会えましたね」とニコニコしながら声を掛けてくれた。
 しばらく立ち話をした後、「これからご飯食べて帰りませんか」と誘われ、僕は喜んで行く事にした。
 ちょっと走った先のファミレス。
90年代のバイクとファミレスはとても親和性の高い間柄だった。

 夜遅い晩ご飯を食べながら、その後は何杯もコーヒーのお替りをしながら僕たちはまるで初対面じゃないみたいにたくさんの話をした。
 まだ社会人2年目だという若い彼女はホントに人好きのする屈託のないタイプのようで、自分の生立ちから如何にバイクにのめり込んでいったか等を熱心に話し続けていた。
 SRX-4が大好きな事。実はもう1台セローを持っていて、それが最初のバイクだった事。
セローでは一度もオフロードを走った事がないので林道へ行ってみたり草エンデューロレースにも出てみたい事。 等々、もうバイクの話がしたくてしようが無い、と言う位に熱く語っていた。

 いつもずいぶん遅くまで仕事しているね、と尋ねると、「もう必死なんです。今の仕事は正社員じゃないから実績を上げないと残れないし、どうしても東京で仕事続けたいし、夢を叶えたいから」と語ってくれた。
 そして「私、オートバイのデザイナーになりたいんです」と真剣なまなざしで続けた。
 デザインの学校を卒業して、今やっている景観材の仕事に就いて特に何の不満も疑問もなかったけれど、SRXのデザインに触れて感動してしまい、自分もバイクのデザインを一生の仕事にしたい、と強く思い始めた事を真摯に語ってくれた。

 僕はこれまで、自分の仕事や趣味に関してここまで強い思いを持った事など無かったので、彼女の考えに圧倒されてしまった。
 「自分の好きな事を一生の仕事にするために今、一生懸命頑張っている」とはっきり言えるヒトが此処にいるのだ。
 僕はこの日出会ってその場で彼女のファンとなった。

 その後僕たちはバイク仲間となり、林道ツーリングに行ったり彼女のセローで草エンデューロレースに出たりしたけれど、彼女の職場が変わったり僕の転勤があったりしてるうちに段々疎遠になってしまった。
 だから彼女の夢が叶ってバイクのデザイナーとなったのかどうかは今も分からないでいる。
 しかし、彼女から(散々?)聞かされたSRXのデザインのすごさは僕の中に強い印象として残り、僕自身もSRXの大ファンになってしまった。
そして、程なくして僕はSRX-6を入手した。
 黄色と黒のヤマハインターカラーに再塗装され前後の足廻りをFZ750用に交換されていたカスタム車だった。
個人的にオーリンズのリアサスとヨシムラサンパーは外せないので、奮発して取り付けた(彼女のマネっこだ)。
 3年程でエンジンに深刻なトラブルが発生し、載せ替えの必要に迫られたために、残念ながら手放してしまったが、SRXへの情熱は冷めやらず、その後再度へんてこなカスタム車を購入したりした。
 コイツとも2年程付き合ったが、余りに個体が悪かったため、最後は断念してしまった。
 
 従って僕のこれまでのSRXライフは余りシアワセとは言えなかったのかもしれないけれど、それでも未だにSRXへの情熱は失っていない。
 それどころか今も虎視眈々とチャンスを伺っている。
 現在やたらと重い古~いBMくんに乗っているのだが、(近い?)将来「こんな重いバイクもう無理」となったら、次のバイクは多分3度目のSRXとなるであろう。
 またしてもオーリンズのリアサスでリアをちょいと持ち上げ、ヨシムラサンパーの歯切れの良い排気音を轟かせながらくねくね道を攻め立てるのだ(いえ、口ほどにもない実力ですけど!)。

 いつかまたもう一度。


タカヤスチハル
タカヤスチハル
「もう30年以上バイクに乗ってます」と威張れるくらいず~っと乗り続けているのにちっともうまくならないへたれライダー。ふつーのお父さんは逆境にも負けず、ささやかなバイク生活を営んでいます、が…… 

[|第32回|]
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