OILIBYA RALLY MOROCCO 2017 後編

 
大西洋と地中海に面した海岸線。内陸はサハラ砂漠が広がるモロッコ。ここで開催される0ILIBYA RALLY MOROCCO(以下・モロッコラリー)も18回目を迎えた。7日間に渡る冒険ラリーを追った、その後編。

■文・写真:松井 勉
■取材協力:モロッコラリー日本事務局 

砂丘での待ちぼうけ。
しかし、ライダー達はとんでもない事態に。

 10月7日、昨日の長距離移動から一転、この日の予定は24.44キロのリエゾンと、364.5キロのスペシャルステージからなる予定だった。この日は二輪も四輪と同じルートだ。乗り合いのプレスカーは170キロ地点あたりにある砂丘群の中に先回りし待機することに。サハラのラリーといえば、やっぱり砂丘が連なる風景だ。冒険度満点の風景で選手を待ち構えよう、という魂胆だったのだ。

スタートの準備をすすめるライダー。ロードブックを巻き取り中。 この日のスタートはサービスパークや参加者が宿泊するホテルの前。ちょうどKTMのライア・サンツがスタートするところだった。

 小一時間の移動でその場所にたどり着く。きっと2時間もすればトップ集団がこのあたりを通るはずだ。GPSポイントを頼りに来ているから間違い無い。太陽は次第に高くなり気温も上がってくる。風が吹き、どこからともなくハエの軍団が顔の周りを飛び始める。 
 砂丘といっても道路からも近いので、ラクダに乗って砂丘ツアーを楽しむ観光客の姿が遠くに見えた。もし目隠しをされてきたら、ここは永遠に続く砂丘の中だ。

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そしてプレスカーで向かったのがこの砂丘群の中。サハラのただ中、別の惑星に来たような感覚になる場所だった。僕達はその砂丘と堅い大地の狭間にクルマを停め、待っていたのだ。

 3時間が経った。耳たぶを撫でる風が一瞬遠くから近づくバイクの音に聞こえた。そしてまた1時間。まだ来ない。スペシャルステージのスタート時間からすると、目の前をライダーが通過していないとおかしい時間だ。

 ラリー主催者のプレス担当に連絡(そう、通じるのだ。砂丘のド真ん中ながら、遠くの山の上に携帯の中継アンテナが見える。2Gなんて初めて見る表示だったけど)すると「今日のステージはSSの120キロ付近の川渡りで増水していてその先への移動が困難なため、キャンセルになった」というではないか。

待ち時間は長く、足元の砂の風紋を撮ってみたり……。 別の方角にライダーの姿を探してみたり……。
息を切らせて砂丘に登ってみたり……。 待つこと4時間。ミネラルウォーターのボトルは空に。でも、結局このステージはキャンセルになったのだ。

 ビバークに戻るとKTMのファクトリーチームはすでにメンテナンスを終え、撤収した後だった。毎度、仕事が早い。四輪で参加している日本チームもビバークに戻っている。いかに待ちぼうけが長かったのか、その時改めて知った。現場の状況を聞かせて貰ったあと、二輪のプライベーター達からも話を聞く。増水した枯れ川をだれもがルートファインディングをして通っているので、川の深さに関しての印象はバラバラ。それほど難所に感じなかった人もいるし、「水没している先行車もいたから、確かめて渡った」というほど水深があった派の声もある。その難所の印象よりも現場では「キャンセルになった先からスペシャルが再開されるらしい」との情報もあり、ステージがキャンセルとなるまでだいぶ待たされたので疲れた、というのが多くの共通した声だった。
 
 僕としては、2日間連続でバイクを1台も見ないまま終わった。残念なのはその点だけだった。

ビバークに戻ると明日からのマラソンステージに備えてメンテナンスに精を出す選手達。CRF450Xベースの数少ないホンダ車でエントリーするシャリエ・ティボー。自慢はワークス仕込みの野口シート。彼はクラシックなダカールの精神を貴び、自分で走り、自分で直す、を実践するカタチでエントリー。 レイドクラスの参加者も自分でバイクをメンテナンスする。
この日、Team HRCも念入りにマシンをメンテナンス。マラソンステージに備えて、車体各部にレバー、牽引用ストラップなど緊急サポートパーツを仕込む。 ノマデレーシングのパドック。シンプルだが、ここにマシンを預けてライダーはルートブックの予習などに時間を使えること、休めることはラリーを走る上で大きなアドバンテージ。
ノマデからエントリーしたるロイク・ミノディエ。2018年のダカールに向けたトレーニングを兼ねてエントリー。彼も実は泥沼に嵌り、バイクの調子を崩した一人。 こちらはHT ラリーレイド。ハスクバーナのサテライト的プライベーターサポートだ。
整備性を含めKTMのデザインは秀逸。ワークス車と市販車がほぼ同じ仕様だった昨年までの流れをみると、新型も同様の仕様になるだろう。2018年には市販を開始したい、と語っていた。 こちらはハスクバーナファクトリー。KTMとはフレームが色違いなこと以外、違いはなさそうだ。
まだエンジンのケースなどは見た目に量産プロトといった印象だった。 すでにKTMファクトリーはおおかた仕事を済ませていたが、ハスクバーナはまだこれからという印象だった。エンジン搭載位置が低いのが解る。

 この2日目、KTMファクトリーのサム・サンダーランドが増水した川で水没。バイクが深みにはまり、リカバリーに時間を要したようだ。ハスクバーナのパブロ・クインタニラも同様。トップの2人が罠に捕まったカタチだ。
 
 サム自身のSNSに投稿された写真をシェアし、魚釣りは大変だった!という自虐的な書き込みをしていたが、その写真を見る限り、彼のバイクが水面にでていたのはハンドルバーぐらい。水没したバイクをリカバリーし、巻き返しを図って走行中、ギャップでバランスを崩し、肋を痛めたという。結局、それで大事をとってリタイアしたのだからまったく運がない。
 
 ライバルのHRCのライダー達は歩いて浅瀬を見極め、その難所をクリアしたとのこと。見た目以上に深かったとはいえ、トップ2台のケアレスミスとも言えるのはたしかだ。KTMチームからはルートブックと違う状況だし、トップライダーは不利だ、とクレームがついたという。他の多くがそれを避けて走っているのだからそれは成立しないでしょ、というのがビバーク内の声だった。

泥濘と化したルートを思わせる四輪。こりゃ、洗車が大変だ! とぼやきが聞こえそう。 足周りもこんな状況である。
そしてホテル前では車検官によるホイールへのマーキングなどが行われた。ラリー参加者以外からのサポートがあれば解るようにだ。
マラソンステージでは選手達自らだけの力で走る。だから、外部からのサポートは御法度。タイヤへのマーキングもそのためである。 ホテルにあるラリーのインフォメーションボードにはマラソンステージに持ち込む着替えなどのラゲッジをこの時間にトラックに積むように、とある。

雌雄を決するマラソンステージ、
そのはずが、消化不良の短縮化に。

 続くステージ3、ステージ4は砂漠のただ中を走り、ビバーク到着後も一切のアシスタンスを受けられないマラソンステージとして行われた。
 
 マラソンステージ1日目、往路となるステージ3で予定されているルートは総走行距離595.7キロ、うちスペシャルステージが577.9キロ。ゴール地点は砂漠の中、そこにビバークが設けられている
 復路となるステージ4は、総走行距離482キロ、うちスペシャルステージ455キロを走行してエルフードに戻る。

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マラソンステージの初日を終えたライダーちがフィニッシュする。この先にビバーク地、パルクフェルメがある。

 このマラソンステージは、エルフードをスタートしてから2日をかけて1077.7キロを走行し、戻ってくる。この間、メカニカルなメンテナンスを含め、参加者自らがサービスを行う。選手同士の助け合いは認められるが、選手以外からのサポートは受けられない。
 マラソンステージの由来は、冒険ラリー創生期、1日で1000キロを越す長いステージが珍しくなかった。さすがに安全面からすでに20年以上前に規則で禁止されている。ならば、と生み出されたのがマラソンステージだ。サポート隊と隔離して、長いステージを一泊二日に分けて行う。1000キロ超ステージの再現である。

マラソン初日を終えたインド、ヒーローのライダー。マシンはスピードブレイン製のBMWのG450Xベースのラリー仕様とよく似ていて、その発展型にも見える。 ケガが治りきっていないとはいえ、カメラを見ると毎度何かしてくれるルチアーノ・ベナビデス。次期KTMファクトリーの担い手候補の一人だ。2018年のダカールでも注目株。兄はHRCファクトリーのケビン・ベナビデス。
二人のライダーが絡み合うようにスペシャルステージのフィニッシュにやってきた。シェルコ、ヒーローに乗るインド人ライダー同士。実に楽しそうにバトルを楽しんでいた。そのタイヤを見ると、ブロックのエッジがしっかり残っていることからも、ガレ場等は無かった模様。前半部分がキャンセルされた恩恵で競技区間は短いステージとなった。

 昨日のステージが途中でキャンセルになったこともあり、マシンは3日目にしてまだダメージが少ない。それでも、チームによっては先行させるライダーや、シリーズポイントを争うライダーをサポートするために、マラソンステージに向け、パーツや牽引用ストラップを車体の中に仕込んで走るライダーもいる。いよいよ冒険ラリーらしくなってきた。

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パルクフェルメの中に保管され、選手だけが触る事が許される。メンテナンス、といってもこの日はステージが短かったこともあり、整備に精を出す姿は少なかった。
四輪の優勝候補、ナッサー・アルアティアも自分のトラックから泥を落とす。タイヤを外し、スペアに積んである新品を後輪に、減ったものを前輪に、というローテーションを行っていた。後輪の前に伸びているポールが車載された油圧ジャッキ。スイッチ一つでスイっと車体が持ち上がる。 二輪、四輪で優勝経験を持つホワン・ナニ・ロマ。彼も自分の車を自分でメンテする。メニューはほぼ同じ。タイヤのローテーション。電動インパクトレンチを使い片側5分と掛けずに終了。あとは目視や車体からの泥落とし。足周りをチェックする。
セバスチャン・ローブも同様。プジョーのジャッキが一番上げる速度が速かった。 ライダー達はビバークに作られたテントの下で昼寝。手前の二人、KTMのウエアがルチアーノ、ホンダのウエアがケビンのベナビデス兄弟。
テント、といっても巨大なもので、ここはレストラン。夕食も朝食もここで摂った。 夕方、ビバーク恒例の翌日のルートブックの手渡しが始まる。ここからライダー達はマーカーで思い思いに目印を付けて行く。
何となく雲行きが怪しい。このあと、風に乗って雨が落ちた。 パルクフェルメへの案内版。
選手の宿泊スペースはこの白いテント。 砂丘ではスノーボードで遊ぶものも。
砂丘の上から見たビバーク。 周囲は見渡す限りの砂丘だった。
ライダー達は巻物になったルートブックにマーキングをする。 就寝スペースはこんな感じ。間仕切りは布一枚。砂漠の中だがシャワーもトイレもしっかり用意されている。

 

 エルフードから南西に向かうルートだが、この日もエルフードに近いエリアで予定されていた前半パート254.8キロは雨の影響でコンディションが悪く、キャンセルされた。スペシャルステージは、後半パートに予定されている142.8キロのみ。
 これは復路となるステージ4も同様で、砂漠のビバークからスタートした前半170キロでのみスペシャルステージを行い、後半の263.5キロはキャンセルとなった。エルフードに近いエリアが雨による路面(というか地面の)コンディションが悪化しているのだ。

マラソンビバークの朝、スタート前に給油する選手達。 スタートの瞬間が近づく。前走車はもう見えなくなっている。
こうした光景が選手達には日常となってゆく。スタートを待つ時間は長く静かに流れてゆく。 フィニッシュ近くを全開でゆくアントン・メオ。エンデューロからラリー界に飛び込んできたライダーは順調にその実力を付けている。

 この雨の影響でモロッコラリーは二輪で1870キロ、四輪で1954キロある全体の競技区間のうち、この三日間で760キロ以上がキャンセルとなることに。
 
 ファクトリーチームやダカールラリーの常連チームにとって、モロッコラリーはダカール前に行える実戦テストとして重要なイベント。しかしながら、スペシャルステージがこれほどキャンセルとなっては、試したいことが試せないとぼやくチーム監督がいるほど。ファクトリーチームからは不完全燃焼の色があったのは事実。

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むせび泣くようなエンジン音を響かせながら走るHRCのライダー。

 マラソンステージ初日、ビバークまで走って来たHRCのパウロ・ゴンサルベスは、前日に負った右手の負傷の影響で翌日のスタートを切らない決断をした。腫れた右手は痛々しく「これでは危険なんだ」とあきらめ顔。彼もFIMクロスカントリーラリータイトルを争う一人。タイトルに手が届く位置にいただけに本人もチームも残念だっただろう。総合でも上位だったのだ。
 
 しかし、天候という状況には勝てないのがラリーというもの。これにより時間差を詰めたい上位グループは挽回するチャンスが減り「どうにもならんね」という淡々とした空気が流れ始めた。反面、プライベーターの中には、過酷さが和らぎ明日へのチャンスが拡がった、と感じた人もいたようだ。

アクセル全開で飛ばす上位グループ。ヒーローのライダーは淡々とステージをこなしている印象だった。 ヤマハWRをベースにしたラリー車。ワークス勢にスピードでは劣るものの、完成度と信頼性が高い造りのようす。ライダーはジョニー・オベール
マンテチームはフロントドライブシャフト交換が日課になっていた。強化品を持ち込んだにもかかわらず、チームにとってアキレス腱のようである。 パブロ・クインタニラのバイクはエンジンを下ろしてメンテ中。

それでも砂漠は美しい。
ラリーの終わりは感動的だった。

 マラソンステージを終えたエントラントが戻ってきたビバークは活気が戻った。悪天候の影響を受けた2017年のラリーを印象付けるように、この日もビバークは夕方から風が吹き荒れ砂嵐になった。この砂嵐、毎日ラリー車が行き交うビバークの道に堆積した細かなパウダー状の埃も巻き上げ、あたりは濃霧のようになる。もう目は痛いし髪の毛は土埃でごわごわ。持っているバッグやカメラもジャリジャリ音がするほど。こんな状況でメンテナンスをするメカニック達は大変だ。
 
 夜8時過ぎに行われる翌日のブリーフィングでは「明日のステージはキャンセルなし。予定通り走るから」と発表された。最終ステージ5は、232キロ、そのうちスペシャルステージが188キロ用意されている。179.5キロの前半パートと、最後に砂丘群の中を走るフィニッシュライン前に8.6キロの言わばビクトリーランの二つで構成されている。

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最終日、スペシャルステージ、フィニッシュ直前でみたライダー達。やっぱりラリーは美しい。

 最後の砂丘ステージでフィニッシュ直前の様子をみようと低い砂丘に陣取った。昼前、トップグループがやってきた。イメージとしてはスタートラインが時計の4時付近だとするとそこから反時計回りに走り出す。12時当たりを越えると、完全に砂丘群のむこうに見えなくなり、再び砂丘を越えてコチラに見えるのが10時の方向、という感じだ。
 
 そこからはまっすぐ砂丘を越えながらこちらに近づいてくる。低い砂丘の連なりに先行車の轍を追うもの、除けて走るもの、それぞれの判断が違って面白い。2メートルほどの砂丘群だから、トップグループの中には完全に飛び越えるライダーもいる。着地地点は見えないはずだから、成り行きで飛んでいるのか。インスタ映えする走りだが、こっちが心配になる。

アントン・メオが砂丘を飛んで行く。 マティアス・ウォルクナーが行く。ラリーを制したライダーはやはり力強い。
砂の尾を引きながら走るライア・サンツ。 リッキー・ブラベックも来年に期待の走りと順位だった。
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優勝目前。ナッサー・アルアティアのハイラックスをヘリが低空から捕らえながら飛んで行く。

 ファクトリーライダーでも10位以下の選手の走りは慎重に走り、プライベーターは一つ越える毎にしっかりと確認している。ここまできて転倒、ケガでラリーをおじゃんにしたくない。そんな気持ちが伝わった。それに、その僅かな時間を競う意味がない。目指すのはゴールだ。そう言わんばかりの落ち着いて堂々とした走りは、逆にカッコ良かった。
 
 ゴール地点に設けられたフィニッシュポデュームからはファクトリーライダー達の雄叫びが聞こえた。エンジンを吹かしリミッターに当たる排気音が200メートルほど離れた砂丘の中まで届くのだ。後にYouTubeなどに上がるのであろう動画のための演出かもしれない。
 
 その後、ゴール地点に移動し、フィニッシュの歓びを噛みしめるプライベーター達の姿をそこで見た。だれもが静かに、しかし全身で感動を味わっている姿に胸を打たれた。

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そしてフィニッシュラインでは様々な歓喜が。走り切ったもの、支えたもの、愛する人、様々な感情が渦巻く中、フィニッシュのチェックポイントの僅か先には、苦難から解放された最高の笑顔があった。

 やっぱりラリーはアマチュアが主役だ。注目される競技としてプロライダーやファクトリーチームは不可欠。その闘いが注目を集める演出には効果絶大だ。それがアマチュア達の動機になり、参加へのモチベーションを醸成し、勇気となる。そんなフローが今もしっかり働いている。
 
 その夜、プライズギビングセレモニーが各クラス、各カテゴリーに分け、2時間ほどかけて行われた。二輪の優勝はKTMのマティアス・ウォルクナー、2、3位はHRCのケビン・ベナビデス、リッキー・ブラベックが入った。ブラベックはメジャーなラリーで初のポデュームフィニッシュとなった。
 
 FIMクロスカントリーラリー選手権では、ハスクバーナのパブロ・クインタニラが南米出身のライダーとして世界タイトルを手中に収めている。

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賞金でも賞品でもない。完走者に送られるメダルはまさにゴールドメダルそのもの。
ノマデレーシングから参加したロイク・ミノディエもフィニッシュラインに姿を見せた。マラソンステージに出るあたりから水没の影響で燃料系に不具合が出てしまい、修復のため大きく順位を落としたが「ダカールのよい練習になったよ」と話していた。 ホンダユーザーのシャトリエも40位でゴールを迎えた。
それがプライベーターであろうとも、走り終えたものだれもがここでは勝者だった。 辛かったけど嬉しい。うれしいよ、と男泣き。
車検場で見かけたハンディキャップ仕様のKTMを駆るニコラ・デュットも見事フィニッシュラインに。出迎えた人がこぼす大粒の涙が歓喜を伝える。 チーム・ランド・クルーザーの2台も無事完走。チームにとって少々物足りない距離となった今回のモロッコラリーだが、次なる目標、ダカールに向けフランスのガレージで準備をすすめるのだろう。ダカールでの活躍が楽しみだ。
エステベ組も無事フィニッシュへ。下肢障害のハンディをはねのけ完走を果たしたこの組もフィニッシュでは大きな拍手を受けていた。 濱口敬子組も見事完走。

参加は計画的に。

 モロッコラリーは一週間とはいえ、しっかりとした準備が必要だ。時間は掛かる。しかしトライしがいのあるラリーだった。もしプライベーターとして全部を一人でケアするとする。ラリー用のバイクを仕立て、テストし、現地、あるいはヨーロッパの然るべき場所に送る。現地で通関の手続きや、その後の陸送の手配など、リードタイムが必要。発送までには必要なスペアパーツを用意しておくことも欠かせない。現地ではマシンを受け取った後、問題無いかをテストもしたいところ。トラブルを見つけた際、メンテナンスのできるガレージも手配しておきたい。そして受付、車検、ラリーが始まる。メンテナンスも一人でするとなると、走るコト、治す事など求められるスキルは多い。そしてラリー後、持ち込んだ車両などの発送手続きをすることも必要になる。
 
 KTM 450RALLY REPRICAのように完成度の高い市販ラリーバイクを手に入れて活用するのも賢い手段だ。その価格は確かに高い。しかしその完成度とメンテナンス性の良さはラリースポーツを通じて磨かれたファクトリーマシン級だ。毎日のビバークで、ステージ中のトラブルで発生時、限られた手持ち工具と時間で修復しやすい。また、いざとなったら他のエントラントからパーツを別けて貰う等、共有性もある。
 
 現地に送る、という手法以外にもプランはある。ラリー参加のために、サポート契約をして参加をするケースだ。ラリー期間中バイクをレンタルし、メカニックサービスを受けられるパッケージもある。これだと、海上輸送やそのための書類造り、マシン造りやマシン購入というコストと経験値が必要な部分をチームに任せ、自身はライダーとして体一つで現地へ。コストはラリーのエントリーフィーを含めたものまで用意されているので、コンタクトをとってみるのも手だ(こちらは今年も参加していたノマデレーシングのwebサイト  )
 
 また、日本から参加していたプライベーターの四輪チームも、ラリー用、サポート用2台のクルマを日本から送る関係で海上コンテナ輸送に関するノウハウをしっかりと身につけていた。その情報だけでもシェア出来たら有益だろう。モロッコラリー日本事務局  を通じてコンタクトを取る事も可能だろう。
 
 今、ラリーに興味があり、走るスキルはあるけれど、それ以外のコトが解らないというならば、事務局をキーにして情報や参加へのステップを踏むことも出来る。是非、活用してみて欲しい。
 主催するNPOのWEB()では次回ラリーまでのカウントダウンが始まっている。今年と同様だとすると、エントリーの早割などが行われた場合、2018年の4月にはエントリーを終える準備が必要になる。
 秋のサハラ。一週間のラリーだが、すでに砂時計は音もなく、途切れることもなく次回に向けて着々と動き続けているのだから。

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ラリーが終わった夜、オアシスを再現したようなホテルのプールサイドはラリーを終えた選手で賑わっていた。表彰式ではラリーの勝者にトロフィーが渡り、そしてシリーズタイトルを勝ち取った者も表彰を受けた。世界チャンピオンになったライダーは高々と腕を突き上げ、薄暗いホールで行われたプライズギビングセレモニーは様々な場面で歓喜に包まれた。しかし砂漠のフィニッシュラインにあった包まれるような歓びではなく、どこか終わってしまった寂しさが漂う印象だった。でもまた来年モロッコラリーはやって来る。ラリーを目指す人にとって、次なるラリーはもうすでに始まっているのだ。

●「オイリビアラリーオブモロッコ2017大会」の総集編

こちらの動画が見られない方、大きな画面で見たい方はYOU TUBEのWEBサイトで直接ご覧下さい。

| 18年目のモロッコラリー<前編> 『サハラに挑む、世界に挑む7日間。』のページへ |