2016年夏 「還暦記念 久々の北海道(道東&道央、東北も)ひとり旅」・後編 「好天の下、素晴らしい景色を堪能するとともに、走りも満喫」

●文・写真-野口眞一
●取材協力ーYAMAHA ・Y`S GEAR

網走には旧監獄の博物館や“刑務所作業製品”の展示販売店も。

 6時前に起床。本日8月2日の朝は雲がやや多かったものの晴れそうな気配だった。散歩後、7時に朝食をいただく。朝ご飯のおかずも種類が多かった。カッパなどをボイラー室から回収して荷物をまとめる。天気予報は初めて晴れのち曇り。北海道各地ともに今日から数日間は好天になるとのことで、嬉しい。8時前、MTにまたがってエンジン始動。とりあえず、昨日は豪雨で楽しめなかった知床横断道を少し走ってみることにした。薄日も差してきて、やっぱり天気が違うと道の印象もまったく異なる。数km上っていくと今回2度目のキタキツネちゃんのお出ましだ。「可愛いね、車にひかれないよう気をつけな」。方向転換して、見晴らしのいいコーナーから宇登呂の街並みを暫時眺め、網走に向かう。




知床横断道路から見下ろす宇登呂の海岸と町並みが美しかった。 今回の旅で2度目の遭遇となったキタキツネ。車に気をつけて。



前日大雨だった知床横断道路。悔しいので翌日戻って少し走った。 宇登呂郊外のR334沿いにあるオシンコシンの滝。きれいです。

 MTは相変わらず好調で燃費も良好だ。R334でオホーツク海を右手に見つつ晴れ渡る海岸線を斜里まで。一度内陸に入ってR244に移り再び海岸線に出る。小清水原生花園は20年前に数人でツーリングした時見たのでパス。先に進むと雰囲気のある小さな駅=北浜の駅舎が目に留まった。廃線駅なのかな、と思ったが、車で乗り付けて駅舎内外を撮影し始めた鉄道ファンらしき二人連れに尋ねたら、現役だという。隣に展望台があって、オホーツク海沿いを走る線路が見渡せる。広々として爽快な景色だ。




網走手前にある北浜駅にはコーヒー&ランチの店が併設されていた。 北浜駅舎の隣にある展望塔からの眺めは旅愁を誘う。先方が網走だ。

 網走は40年前と20年前に訪れた。今回が3度目だ。見どころと言えば、やっぱり刑務所、網走監獄だろう。健さん主演の「網走番外地」。♪春~に~いぃ~春に追われし花も咲~く~♪と主題歌を口ずさみながら走る。標識を頼りに行ってみると、以前来た時と趣が異なる。あれ~? こういう感じじゃなかったような気がする。と思って聞けば、そこはかつての獄舎の一部建造物などを移築した博物館のような施設で、それなりの入場料が必要だった。本当の刑務所・獄舎は数km離れた本来の場所にあるという。

 来た道を引き返し、路傍の案内標識に従って進む。刑務所への橋が工事中で、ダートの裏道を遠回りしていくと、今も囚人(昔のような重犯罪者ではなく、刑期の短い人達らしい)を収容しているという、見覚えのある網走刑務所に。レンガ作りの立派な正門は記憶に残っていて「そう、ここだよ、ここ」。至近に「刑務所作業製品展示場」なる施設があったので入ってみた。服役している人たちが拵えた様々な製品が展示販売されていた。嵩張るものや重いものは荷物になるので“あばしり刑務所”の名入れタオルを入手。


R39から山に入ったところにある網走監獄の博物館。いつ頃できたのだろう。


こちらが本家本物? の網走刑務所。レンガ作りの正門が立派です。 刑務所正門の反対側には刑務所作業製品展示場(販売)なる店舗が。

 その後、網走市内からR39を美幌町まで行き、R243に乗り入れて南下。この国道もよかった。特に美幌峠付近の景観が素晴らしく、見下ろす屈斜路湖の美しいこと。峠を下って屈斜路湖畔を少し走ってから左折し、道道52に入る。本日の宿はこの道沿いの屈斜路湖畔にある。その宿を走りながら横目で確認し、林の区間を抜けると煙を吐く硫黄山が正面右手に見える直線路に。雄大な風景に頬が緩む。そのまま進んで川湯温泉街を通過して摩周湖に向かう。九十九折を上っていくと展望台だ。布施明が歌ってヒットした「霧の摩周湖」♪霧~に~抱かれて~名前を呼べば~♪。またも鼻歌が出る。




美幌峠の駐車場から北西を望む。北海道らしい牧歌的で雄大な景色だ。 美幌峠の南東側からは屈斜路湖を見下ろせる。素晴らしい景観である。

 霧が多く、滅多に見られないと言われている摩周湖は40年前も晴天で全貌を見渡せて幸運だったが、今回もその神秘的で美しい姿を拝むことができた。眺めているうちに薄い霧も流れてきた。やっぱり摩周湖はいいね。40年前は北海道の主な岬と湖を巡ることをテーマにした約2週間の旅だった。今回の道東・道央の旅でもそれを意識しつつ未踏の地も訪ねる計画で、屈斜路、摩周、阿寒の3湖は欠かせない。だからこの日は走行距離を短めに設定し、阿寒湖なども回るつもりだった。摩周湖から弟子屈の市街地に下りて蕎麦屋で昼飯。天ぷらせいろを食して腹を満たした後、R241で阿寒湖を目指す。

 この道は途中から阿寒湖までの区間が適当なコーナーが続く峠道的ワインディングで、タイヤの左右端を使ってコーナリングを楽しんだ。阿寒湖では湖畔やアイヌコタンへ寄ってみた。40年前、近くのキャンプ場で2泊し、アイヌコタンで遊んだことが思い出される。民族衣装を着て写真を撮ったり、旅に来てそのまま居付いている数人の若い人たちと仲良くなって話をしたり。夜は温泉の銭湯で汗を流したっけ。懐かしいなあ…。アイヌコタンの通りを歩き、ある店に入って女房への土産に木彫りの魔除けペンダントを購入。




屈斜路湖から道道52で川湯温泉に向かうと噴煙の硫黄山が正面右手に。 摩周湖は神秘的でとても美しく、なにか物悲しい雰囲気も漂う。

 天気は変わらずよくて暑いくらいになっていた。阿寒湖に来たのなら、景勝として有名なオンネトーにも行ってみなきゃ。R241を西に少し走り、3桁道道に入ってしばらく進むと小さくてきれいな湖が現れる。オンネトーは初だったが、確かに足を運ぶだけの価値ある景観だ。阿寒湖岸から眺める雄阿寒岳も美しいが、オンネトーの湖面越しに見る雌阿寒岳と阿寒富士の姿も勇壮で、来てよかった~。同じ道を走るのはあまり好きではなく、若い頃はそうならないルート選びをしていたが、今ではそれほどこだわらない。R241を引き返して宿へと向かう。交通量は少なく、帰路もワインディングではコーナリングを満喫。


マリモで知られる阿寒湖のほとりにて。対岸の立派な山は雄阿寒岳。



阿寒湖・アイヌコタンの土産店の軒先には羆と蝦夷鹿のはく製が。迫力! アイヌコタンの通りにはいろんな店が軒を連ねる(反対側にもズラッと)。



オンネトーは幻想的で穏やかな佇まい。後方の山は雌阿寒岳と阿寒富士。

 投宿したのはやはり5時頃だった。かけ流しの温泉が自慢の旅荘には「わ」や「れ」のレンタカーナンバーの車が5、6台。飛行機やフェリーで北海道に来て、レンタカーで気ままな旅を楽しんでいる人たちが多いようだ。オランダから来たという熟年夫妻もいた。大きなガレージにバイクを置いて、夕食まで時間があったので湖岸まで散策。静かで人影もほとんどなくて、ゆったり過ごせた。宿は湯がよくて食事もまずまず。今日は最も期待していた地域を好天の下に巡ることができて本当によかった。本日の走行距離388km。


タウシュベツ橋梁は水没して見られず、ガス欠の危機にも。

 8月3日。目覚めて窓の外に目をやれば、雲は多めながら薄日が射している。朝食時に見た天気予報でも晴れ曇りの地域が多く、行く予定の道央・富良野の予報も良好だ。

 今日も7時に朝食をいただいて、8時前、宿泊料金を払うと、宿主に、車で30分ほどのところに「さくらの滝」という名所があるのでぜひ行ってみて、と薦められた。今の時期しか見られないサクラマスの滝登りが拝めるという。本日向かう方向とは逆なので少し迷ったが、せっかくなので寄ってみることにした。
 R391を北上し、その後細い道を分け入って、ダートも少し走る。わかりにくい道筋だったがなんとか到着。車で来た先人が一人いて、三脚を立て、滝を上るサクラマスを撮影していた。俺もデジカメを構える。が、ジャンプする姿は一瞬で、タイミングよく撮影することが難しい。バッテリーが残り少なくなっていて、今後の撮影のことも考えて2回シャッターを切ったが、タイミングよく魚影をとらえることはできなかった。残念!


「さくらの滝」に行ったはいいが腕が悪く、一瞬で滝を登るサクラマスを撮れず。

 R391を南下し、屈斜路湖手前で右折して道道102へ。この道はタイトコーナーも多いルートで、上り切ったあたりに藻琴山展望台がある。そこからの眺望も素晴らしく、屈斜路湖やその周囲が見渡せる。360度近い大パノラマで美幌峠からの眺めに勝るとも劣らない。その後R334を西に進み、美幌町でR39にスイッチ。旭川方面に向かってひたすら走る。直線区間が多いが、石北峠の前後はワインディングで、コーナリングを楽しむ。大雪湖近くでは山麓にまだらに残雪を抱く大雪山系の雄姿も。R39から左折してR273に入ると、ザーッときそうな黒い雲が空を覆い始めた。三国峠付近では今にも降り出しそうだった。

 一服しつつ峠からの眺めを楽しむことはやめて下る。しばらくすると晴れた。R273も気持ちよく走れる道で、大雪湖から糠平湖のあたりまでの区間は景色も抜群だ。有名な糠平湖のタウシュベツ橋梁は今回ぜひ見ておきたいと思っていた(過去訪れたことなし)。ところが、数日来の雨で水かさが増し(この地域も昨日まで大雨が何度も降ったようだ)、橋は完全に水没していた。道路脇にMTを停めて、“ヒグマ出没注意”の看板を気にしつつ、林の中を歩いていったのに…。同じように肩透かしを食らった観光客も何組かいた。

 おまけに、大雪湖の手前あたりで燃料警告灯が点滅しはじめていて、糠平湖南端の糠平温泉に行けばGSがあるだろう、と予想していたが、小さな温泉街にGSはなかった。先の上士幌町まで行くしかない。点滅が始まってから60kmくらい走っていた。上士幌市街までは25kmの標識。なんとか持ってくれ~、と祈りつつ、燃費向上のためややペースを落として南下する。市内に入ってすぐのところにあったホクレンのGSに飛び込む。給油量は約12.5Lだった。MTの燃料タンク容量は13Lだから、やはりギリギリで危なかった。



大雪湖の西南を走るR273にて。後方に構えるのは残雪を抱く大雪山系。 R273から糠平湖への杣道にはこんな看板が。お願いだから出てこないで。



R273の三国峠を下って糠平湖に行く途中で出会った、爽快な白樺? の並木道。 ナイタイ高原からの展望は素晴らしい!の一語で、アプローチロードも二重丸。


雄大な展望を楽しみ、快走するも、メガネを紛失。年だね。

 休憩させてもらい、ちょうど昼頃になっていたので、近くに適当な食事処はないかと尋ねると、至近の喫茶&洋食の店を紹介してくれた。が、定休日。じゃあ、と、数100mのところにある中華屋さんに電話し、休みでないことを確認してくれた。20代の男の子も40代くらいの女性スタッフも気さくで親切だった。食後、近くにある名所、ナイタイ高原に行ってみた。GSの男の子に聞いたら、やはり展望の良さは最高で、20分もあれば行けるとのことだった。国道から3桁道道に入ってしばらく走り、アプローチロードを登って行く。

 牧場の草原の中を走る爽やかな道は、曲がりやすいコーナーが続いてとっても楽しい。突き当りが展望台になっており、山側には雲が多くかかっていた。が、道内でも有数と言われている雄大な展望は感動ものだった。ここも訪れるのは初だったが、寄り道してよかった、と心から思った。10kmもまっすぐ伸びる道道337を南下し、R274に入って、鹿追町から初日泊まった清水町へ向かう。R274も上士幌の郊外から始まる12km以上の直線路が印象的だった。今回走ったなかで最長のストレートだったのでは、と思う。

 清水町からR38に入って北西に進路をとる。富良野手前までの区間は快適で、狩勝峠前後やかなやま湖の近くは特によかった。多くの国道や道道は、市街地をちょっと離れれば交通量は非常に少なく、路面も景色も最高で本当に心地よくライディングできる。ルートを確認したり、ついでに一服したりしたが、ウエストバッグやジャケットのポケットのファスナーを閉め忘れることも何度かあって、ついに富良野に入る前、老眼鏡を落としてしまった。まあ、もう随分使っていてそれなりにくたびれてもいたので、それほどショックではなかったが、ないと困る。富良野ならメガネ店もあるだろうから、買い求めよう。

 コンビニに寄って買い物ついでに店員に聞くと、メガネ屋はわからないが100均のダイソーなら近くにあるという。行って老眼鏡を購入し、すでに4時半頃になっていたので、宿の所在を確認することにした。スキー場の真ん前、ということだったので、地元の方に富良野スキー場を訪ねる。そこから宿までは10kmもなくて、5時頃には着いた。確かにスキー場のすぐそばで、斜向かいには大きなスキー関係の施設もあった。冬場はスキー客、ほかの時期は旅人や合宿客などを相手にしているような宿で、部屋数は多い。

 根室の四島の家でもらった「北海道優良民宿・旅館グループ」のパンフレットに載っていた30数件の中の一軒だ(当然、四島の家も加盟)。部屋はきれいで風呂も広かった。食事は素朴で品数こそ多くなかったがおいしかった。おまけに、ラリークーポンで、四島の家で押してもらったハンコ付きのパンフレットを見せたらビールの大瓶が無料サービスに。事前に富良野や美瑛の民宿など調べておいたが、四島の家同様にそのグループに加盟している宿のほうがいいだろうと、前日に予約したのだが正解だった。スタッフの人たちも皆、感じがよかった。まあ、本州各地や四国・九州でも同じだが、宿の良し悪し、当たり外れは、実際に泊まってみなければわからない。本日の走行距離489km。


花畑、美瑛の丘、麓郷を訪ね、苫小牧東港で、さらば北海道

 本日、8月4日も晴れ曇り。6時頃起床。散歩がてら近くにあったコンビニへ。たばこと、デジカメの電池がいよいよ切れそうだったのでインスタントカメラ(使い捨てカメラ)を購入(荷物になるし、大丈夫だろうと思って充電器を持ってこなかったことを改めて後悔)。7時に朝食をいただき、荷物をまとめて8時頃出発。ラベンダー園などに寄りつつ嵩張らない土産を2、3入手し、R237で美瑛町へ向かう。途中雲が多くなったが、雨の気配なし。美瑛の田園風景の中をひと回り。ただ、“セブンスターの木”など、有名な木のところなどには寄らなかった。美瑛も人気スポットだからレンタカーで訪れている人が多く、バイクも数台目にした。



富良野の宿を出発する前、街を背景に撮影依頼。数少ない俺入りのカット。 富良野や中富良野ではラベンダーなどのお花畑にも立ち寄ってみた。



名物の木などはパスしたが、美瑛の丘陵田園風景はとても開放的で美しい。

 国道を引き返し、上富良野と中富良野の中間から3桁道道を使って麓郷へ。周知のようにドラマ「北の国から」の舞台になった場所だ。80年代半ばに2度目の北海道ソロツーリングをしたときも来訪した。美瑛や麓郷を訪ねるなんて、ジジイもミーハーなところがあるのだ。黒板五郎が建てた丸太の家、石造りの家などに行ってみたが、残念なことに入場料を取るようになっていた。注目され観光客が増えたからなのだろう。実際、観光客は多かった。でも俺は、網走刑務所もそうだけど、そこまでして見たいとは思わない。

 ただ、近くにジャム園があったので寄り、いい土産をいくつか買うことができた。麓郷を後にして、3桁道道を使ってR237に戻り、南下して占冠村へ。よく晴れて暑くなった。昼時になっていたので食堂で昼食。GSで給油して、汚れていたMTの洗車も(2度目だ)。占冠というと、アルファリゾート・トマム(現在は星野リゾートトマム)を思い出す。同リゾート地は有名だが、80年代前半にオープンした数年後、取材で来たことがあった。

 愛車を飛行機に乗せて北海道に渡るジェットツーリングが企画された頃で、ヤマハのFZ250フェーザー(俺が乗った)、セロー225(カメラマン用)の2台とジェット機で千歳空港に降り立ち、ツーリングしながらトマムを訪ねた。航空会社とアルファリゾートの連携企画で、ヤマハ車を借りてツーリングし、週刊誌の二輪ページに掲載したと記憶する。野郎二人で豪華な高層ホテルのスイートルームに泊まらせてもらった。そりゃあ贅沢なものだった。詳細は忘れたけれど、懐かしい。トマムのリゾート地までは村の中心地から25kmほどで、30分足らずで行けたが、いいかな、と思ってやめた。



↑“五郎の石の家”の奥にあるジャム園で土産入手。隣接してアンパンマンの館も。

↖麓郷にある「北の国から」の“五郎の石の家”はこんな感じになってました。

 富良野から占冠までのR237も快適だったし、南下して平取町までの道筋もよかった。前日、今夜7時半過ぎに苫小牧東港を出港し、翌朝7時半に秋田港に着く、新日本海フェリーを予約した。2等寝台とバイクで12650円だったかな。2、3時間前にフェリーターミナルに着けば十分なのに、時間があり過ぎたので、平取の先で内陸の道道に入ってみた。牧場が点在する気持ちいい道だった。その後R237に戻って南下し、海岸線近くで初日に走ったR235を右折。港はそこから20kmほどで、4時過ぎターミナルに到着。北海道の最終日も大きなトラブルなく走り切れた。本日の走行距離326km。

 乗るフェリーは秋田経由で新潟まで行く便だった。秋田で降りるバイク&ライダーが4、5人で、新潟までは15人ほど。待ち時間は本を読んだりして過ごした。定刻に乗船。さらば北海道。いつまた来れるかわからない。バイクでは今度が最後かも…。でも、きっとまた来るよ~。船は往路のシルバーフェリーより大きく、木曜日の夜だったからあまり混んでいなかったし、2等寝台も2、3割の入りだった。風呂に入ってから買っておいたお弁当とビール&おつまみで夕食。デッキに出たり喫煙室で一服したり。10時か11時に消灯となり、俺もおとなしくベッドで横になった。すぐ眠りに就くことがことができた。




占冠で入った施設には食堂の隣に開拓時の道具などを並べた資料室が。 昼食後、占冠のGSで北海道での2回目の洗車(店員の方に撮影依頼)。




平取町内の県道沿いでも草を食む馬を目にした。まさに牧歌的風情だ。 苫小牧東港~秋田港のフェリーは大型で快適だった(秋田港下船後に撮影)。

帰路も山形の友人宅で世話になり、6日、無事帰宅

 8月5日。5時頃に目が覚めてデッキに。東方の雲の切れ間から朝陽が出たり、雲に隠れたり。そのうち男鹿半島の入道崎灯台が左手に見えてきた。秋田港は近い。6時半頃、荷物を整理して、下船の準備を始める。定刻通り7時半、着岸し、スムーズに下船。空は雲が多少浮かんでいたものの晴れていて、暑くなりそうだった。秋田から東京まで直帰するか、また山形の友人宅でワンクッションおいてから帰るか、迷った。が、往路のときと同じで、もう若くないし、無理せずのんびりでいいか、と後者を選択。前々日に「帰りも世話になるのでよろしく、金曜日の午後にそっちに行くから」と電話しておいた。

 秋田港から山形の白鷹町までは地図で概算すると約200kmだ。直行すれば高速を使わなくても4、5時間だ。とりあえずR7を南下する。30分ほど走ったところでコンビニに寄って、コーヒーとサンドイッチで軽く朝食。海岸線を走るR7は市街地を抜けると交通量も減って、右手のきれいな日本海を眺めながら走行。気持ちいい。晴れて気温が上昇していたが、まだそれほど暑くはなかった。由利本荘市からR107に移って内陸に入り、少し走ってからR108にスイッチ。このまま白鷹町まで直行したら、昼過ぎに着いてしまいそうだ。鳥海グリーンラインなる看板を目にして、寄り道していくことにした。

 7、8年前、息子と東北ツーリングしたとき、男鹿半島まで行って、帰りに鳥海山の西麓(北西~南西)のブルーラインを走った。爽快な山岳ワインディングはコーナリングと景色を堪能させてくれた。鳥海山グリーンラインはそのブルーラインとも接続する山の北側を通っている山岳ワインディングで、ブルーラインほど有名ではないが、これがとってもいい道だった。全線のうち10kmほど走っただけだが、平日だったので空いていたし、路面も景色も予想以上で、ブルーラインに勝るとも劣らない。再訪したい道のひとつになった。

 県道70を介してR108に戻り、湯沢まで進んでR13に乗り換える。尾花沢で12過ぎになったので、道沿いの蕎麦屋さんに。てんぷら付きの板蕎麦を注文。山形には蕎麦街道と呼ばれる道がいくつもあって、尾花沢も蕎麦どころだ。腹を満たして外に出ると気温は34~35度になっていた。猛暑である。熱中症になっては困る。白鷹町の友人に電話して「ちょっと早いけど、暑さが厳しいし、2時過ぎには邪魔したいんだけど」。「いいよ、俺は5時過ぎに帰るけど、じいちゃんがいるし、女房も今日は休みだから」。R13からR347に入り、河北町でR287に乗り換えて、2時過ぎに友人宅に着いた。


MAP7

 じいちゃんがビールと果物を出してくれて、のどを潤して一息ついた。買い物に出ていた奥さん(40年近く前から知る女性)が帰ってから1時間ほど昼寝。その後、バイクを拭いて、後輪が跳ね上げた泥雨水で汚れたサイドバッグも洗う。5時過ぎ、友人が帰宅。心ばかりの土産を渡し、シャワーを浴びてから夕食の卓に。今夜もおいしいものを用意してくれていた。暑かっただけに、夕食時のビールもうまい。ありがたい友人とその家族だ。夜は程よく気温が下がって安らかに眠ることができた。本日の走行距離250km。

 最終日、8月6日。6時前に目覚める。程よい気温で周囲は緑が多く、清々しい朝だ。一服がてらの散歩に出て戻り、朝食をいただく。今日も東北や関東は猛暑になるとの予報だ。荷物をまとめ、バイクと一緒に友と写真を撮って「世話なったね、ありがとう」。7時半前、友人宅を後にした。暑くなるとの予報なので寄り道せず帰ろうと決め、往路と同じ道をたどる。R121で喜多方、会津坂下、会津美里とつなぎ、大内こぶしラインで下郷町まで。そこからまたR121を南下し、R293とつなぐ。鹿沼で昼飯を食べて一休み。栃木ICから東北道に乗り、首都高に入る。予報通り、走っていても暑さがこたえた。2時半頃帰宅。9泊10日の北海道(東北含む)旅は終了した。本日の走行距離379km。



R7の秋田~由利本荘間は日本海を見ながら走れる区間が多い。 寄り道した鳥海山北側の3桁県道。この先のグリーンラインもいい道だった。


往路でも帰路でも世話になった白鷹町の友人と、還暦ジジイのツーショット。 帰宅後、記念にと撮ったパンフレット類や美幌峠のフラッグ。

おまけの後書き

 今回の総走行距離は3826kmで、MTの平均燃費は約31km/L。特にエコランを心掛けたわけじゃないが、予想以上の良好な燃費だったので嬉しい。
 北海道はやはり道と景色が最高だった。東北にも比肩するような美しい景色と道はあるが交通量は北海道ほど少なくない。スケールの点でも北海道が勝る。ただ、振り返ってみると、なんか先を急いで走ってばかりだったような気がしないでもない。でも、バイクで気持ちのいい道を快走することが好きなんだから、それでいいんじゃないの、とも思う。それが俺のツーリングのスタイルなのだ。
 本文中でも多少触れたが、今回の旅で印象に残ったことがいくつかある。まずは、若い男がレンタカーで一人で旅しているケースが多かったこと。それに、有名観光地の場合、レンタカー=「れ」、「わ」ナンバーのコンパクトカーが目立ち、中国など東南アジアの観光客も多いようだった。

 バイクに関しては大型車が大半で、原付はいうまでもなく、原付二種や軽二輪はほとんど見なかった。70年代、80年代は小排気量車で北の地をツーリングするライダーも多かったのだが。それに、ライダー人口が高齢化しているから当然だが、中高年ライダーが多く、若くても30代くらいで、10代はほとんどいない感じだった。それに、時期的にピークのお盆休みを外れていたからか、全体的に観光スポットでも主要国道でもバイク&ライダーの姿は少なかった。関連して、3桁国道ですれ違うバイクはごく少なくて、2桁の主要国道でもそう多くなかった。5~6台でのグループは何度かすれ違ったくらい。
 面白いのはピースサインで、面倒くさがりのオヤジだから自分から積極的に手を挙げてそれを出すことはなかったけれど、出してもらったときは必ず返した。で、クルーザータイプのバイクに乗るライダーはサインを出してこないケースが多かった。また、ヘルメットをかぶっていてすれ違うので、年代はわかりにくいのだが、雰囲気的に比較的若い年代のライダーはピースサインのことを知らないのかも…。

 北海道前半は天気に弄ばれ、老眼鏡を落として失くしたけど、それ以外は何のトラブルや不具合もなく、順調にひとり旅を満喫することができた。MTも終始好調で乗りやすく、性能も充分で、疲労は少なかった。緑が多く、空気がきれいで渋滞もほとんどなかったこともあって、東京で日常を過ごすより眼の疲れも少なかった。60を迎えたが、まだまだいけるな、走れるなと思わせてくれた、還暦記念のよき旅であった。

*おまけのおまけ 
 予定どおり8月下旬にYSP店にてMT-07を新車で購入。8月31納車。翌日伊豆に慣らしツーリングに出かけ、9月上旬現在、走行距離約350km。



-Y`S GEAR MT-07純正オプション「ソフトサイドバッグ」「見た目以上の収容力と使いやすさの安心設計」

●撮影-依田 麗

●Y`S GEAR



ソフトサイドバッグ 29160円(税込み)。長さ440×幅160×高さ310mm、最大積載重量5Kg(片側)。防水インナーバッグ付属。詳細はで。

 外見はコンパクトでスリムだが、実際使ってみると予想以上の荷物を入れることができる。今回は9泊したので下着上下を9セットと、一応、寒さ対策のための薄手のハイネックシャツ、替えのジーンズパンツ。それにカッパ上下とブーツカバー、レイングローブ、サンダル。また、全国版と北海道版の地図をもっていったが、左右のバッグにすべてがわりとすんなり収まった。エクステンション構造になっていて、ファスナーを開ければ、3割増しの容量になるだろうか。途中で入手した土産も楽に収納できた。
 フタの部分はあまり広くないものの、ダブルファスナーを全開にすれば、バッグ自体に程よい柔軟性があるので、荷物の出し入れもやりやすい。前編で紹介したタンクバッグ同様にこちらも防水ではなく、防水カバーは付けられない構造になっている。だが防水のインナーバッグが付属しているので、荷物をそれに入れてサイドバッグに押し込めば濡れることはない。また、こちらも取り付け方法に工夫が見られ、脱着が比較的容易だ。
 左右それぞれの内側=車体側についている細い袋状の部分を取り付け用のロッドにはめ込み、ワンタッチフックをつなげれば装着できる。外す時は逆順だ。左右それぞれに取っ手も付いている。また、左右のバッグは幅広のマジックテープで、強力に連結され、取り付け用ロッドとともにリアシートを介して荷重を分担する。脱落したり偏ったりすることはないので安心だ。このサイドバッグがあれば、1週間前後のロングツーリング時の荷物も余裕で積むことができる。




容量(片側)は14リットルだが、チャックを開けて拡張すれば、さらに7リットル拡張可能な21リットルの大容量を確保している。 車体への取り付けは専用のソフトサイドバッグステー(別売り 14040円税込み)が必要となる。 左右の連結はシートで。強力なマジックテープでワンタッチ結合。

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