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ホンダモーターサイクルジャパン
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 5年ぶりのL.A.だ。ESTAで事前にビザを申請しても、空港では自分であれこれ機械に入力する必要があった。さらにボクの場合はお代官様の元へ。「NEXT !」手招きに従って入管の人にパスポートを差し出す。
 何しにきた、いつまで居るんだ。どこか悪者扱いな感じは初めてこの国に来たときから変わらない。
 バイクに乗りに来た。手に持ったヘルメットを見せると、ナゾの半笑いをうかべ、パスポートにスタンプを押し、こちらに滑らせた。
 
 迎えの車に荷物を押し込み、空港を出る。風景が変わっていた。心にあった確証のない自信がしぼむ。ナントカなる、って誰が言った? こんなんでホントにROUTE 66へとたどり着けるのだろうか。
 
 時差のせいで体が重い。9時間もシートに座りっぱなしだったからな、とだましながら、まずは宿探し。マクドナルドに入りコーヒー一杯。そこでWi-Fi捕まえた。見つけた5年前の宿。せいぜい50ドル程度かと思ったら、予約サイトでは120ドルもする。しょぼいモーテルが、である。ここ数年、価格は上がっているという。結局価格では手ごろな所を見つけたが、町の雰囲気から夜は出歩かないほうが良さそうな場所だった。

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 明日からの作戦を考えた。バイクを引き取る前に安全な保管場所とワイヤーロックなどを手に入れておく必要があるし、いくつか片付けておきたい事もある。こちらに着いて最初の3日間はあっという間に過ぎた。

 
これから向かうのはツーリング以上、冒険未満。一本道を辿る旅。
いまさら恥ずかしいけど、ロード・トリップに憧れがあった。

 もう10年以上前、読みもしないのに『Road Trip USA』という本を買った。インデックスまで入れると970頁に迫るその本には、西海岸の海岸線の旅、中部エリアを南北に走る国境から国境へ、という旅、西海岸から東海岸、カナダ国境沿いを走る旅、オレゴントレイル……。アメリカにある多くのロードトリッププランが紹介されている。もちろん、“Chicago to L.A.”──定番といえるルート66も、である。ジョン・スタインベックの『怒りの葡萄』に描かれたオクラホマの農民、トム・ジョウドが干ばつで疲弊した土地を捨て新天地へと移動する。その舞台がルート66だ。西を目指す長く重たい小説だ。
 それよりも、歴史とダイナー、古いモーテルなど、映画『CARS』に描かれた今風なロード・トリップを夢想する。Chicago to L.A.という大がかりなルート走破ではなく、東海道に例えれば、日本橋から箱根まで、というお手軽なルートで見てみたい、と思っている。
 
 L.A.へは何度も来ていた。バハ1000に参加する時、いつもここが拠点だった。ただ、レースはバハに行ってから。こちらでの移動はいつもクルマばかり。思い出せばバイク経験は、オフロードエリア少々の経験しかない。何時かは、という思いが強かったのはそのせいである。相棒には頼もしいバイク、ホンダCRF1000L Africa Twin DCTを選んだ。知っているようで知らない場所だ。不安な時、励ましてくれるバイクが必要だと考えた。きっとアフリカツインなら支えてくれる、助けてくれる。
 今回のルート66を辿る旅は、アリゾナ州ホールブルックで折り返すと決めた。そこには映画『CARS』に描かれたパイロン型のモーテルの原型になったと言うティピー型のモーテルがある。そこからL.A.へともどりながら道を旅しよう。往復とも同じ道を通るのはもったいない。ルート66上の街、フラッグスタッフまでは別の道でゆこう。地図をひろげ、太平洋側を南下し、北東に向かうことを決めた。そう、遠回りをするのだ。
 
 旅支度を整えたアフリカツイン。前回りを守るガード、パニアケース姿はやっぱり頼もしい。L.A.から405号で南下してサンディエゴを目指す。フリーウエイのコンクリート路面は相変わらず荒れていた。そこを70~80マイルでクルマが流れる。アフリカツインのサスペンションはこんな速度での移動も快適にこなす。エンジンの鼓動が良き道連れだ。風、太陽の熱など、生身感覚に包まれながら走る。

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 それにしてもアフリカツインの注目度はこちらでも高い。405号から5号へと乗り継ぎ、途中、オーシャンサイドのレストエリアに入った。バイクを止めるとすぐに「いいですね、アフリカツインですね? これはDCTですか?」と日本語が飛んできた。声の主は長年、こちらでカヤックツアーのガイドをしていた、という方。普段はBMWのGSに乗っていて、登場のニュース以来とても気になっていたという。しかし、このタイミングでバイク乗り、しかも日本の方と間髪入れずに出会うとは。聞けば共通の知り合いがいる事もわかり、地球は広いが世間は狭い、と笑った。
 
 5号を南下し、サンディエゴへ。本当は805号を通った方がこれから向かうインターステーツ8へのアクセスは良いのだが、ダウンタウンを遠目に見られる5号を進む。ここでもちょっと遠回り。そして8号で東に向かった。内陸に入るとジリジリと気温があがる。アフリカツインの気温計は華氏100度を超えた。ラジエターから出る熱気も遠慮無しに膝にぶつかる。摂氏なら35度は超えている。その気温より、太陽光を直に受ける大腿上部が暑い。体温も上がり続ける。
 
 しばらくして緑の多い地帯を向け、地平線まで畑が広がる風景に出た。エル・セントロを抜ける。暑い。右に大きな砂丘群が見えてくる。グラミスだ。アリゾナとの州境を抜ける。さらに暑くなった。ユマを通り過ぎた。昼下がり、もうジリジリ照りつける太陽と暑さで走行風の涼しさを感じない。耐えるのみ。

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 どこの街かは忘れたが、フリーウエイを降りて、IHOPに飛び込んだ。水分を摂り、体を冷やした。店の中は外より10度は低い。昼飯を摂り何度かコーヒーをおかわりし、粘る。いっそ太陽が沈むまでここにいたい。が、そうはいかない。遠回りをしたぶん、今日は距離が長いのだ。大人しくL.A.から10号で東に向かえば……とも思ったが、行くしかない。次はフェニックスで休もう。
 
 ヘラ・ベンドで8号を離れ、85号で北上する。この道も殺風景で暑かった。風景がアンバー。あせた煉瓦色に見える。フェニックスにたどり着いたが、暑かった。西海岸、太平洋沿いは寒流が流れ込む海の冷気で涼しい。アリゾナなどの内陸は、空は青く綺麗だが猛暑だ。街でも人や車は当たり前のように動いている。ひからびそうな気分で走っているのは自分だけかもしれない。

 フェニックスでホンダのディーラーに寄ってみた。アフリカツイン+DCTはやはり珍しく「うちにも奇跡的に一台おいてあるよ」と話す。
「今は熱波が来ているからちょっと気温が高い。この週末は120度になる予報だ。水を沢山飲むんだぞ。夏に砂漠でバイクに乗るとき、僕達は冗談抜きで生きるために2ガロンの水を呑むこともある。とにかく水を忘れるなよ」
 
 何よりのアドバイスだ。摂氏50度近くも珍しくない土地で人は普通に暮らしている。それがスゴイと思った。

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 フェニックスからインターステーツ17で北上する。キャンプ・ベルデ(緑)なんて地名がある。森だ。標高が上がる。気温が下がった。劇的に快適だ。口で息をするのもイヤになる熱気がウソのよう。今日の目的地、フラッグスタッフに向け、標高は最終的に2000メートルを超えた。風景は針葉樹の森の中へ。
 動物注意の標識が多い。図柄はヘラジカか。デカそうだ。ロードキル。小動物達の死骸も少なくない。もう夕方だ。暗くなったらバイクでの移動は控えたい。無事旅を続ける簡単で確実な方法の一つに違いない。

 フラッグスタッフのモーテルに転がり込む。そこで初めてルート66と対面する。目の前の道がそれなのだ。ひとまずシャワーで体をクールダウン。道を渡った所にあるギャラクシー・ダイナーで夕食を摂る。古い街の写真、古いクルマの写真、ダイナーはイメージするルート66そのものだった。笑顔のウエイトレス、プレート一盛りのメニュー、袋に入ったままクラッカーを粉々にして掛けたチリビーンズが旨い。辛くて汗が出た。明日はホールブルックへと向かう。時差ぼけと暑さで体の芯には疲れがあるが、見るもの見るもの、新鮮でコウフンするのであった。

 
インターステーツ40を往く。

 2日目。まずは今回の旅の東端と決めた街、ホールブルックへと向かう。フラッグスタッフの街からインターステーツ40を東に150キロほど。この道は、ルート66が旧道だとすれば新道、在来線と新幹線という関係だ。
 このインターステーツが開通したあと、ルート66に点在した街へと寄る人は減り、街は町へ、人口は流出し、町としてのカタチを無くし、いつしか地図から消えたという。敵である道だがなるほど太陽の日差し以外は快適そのもの。文字通り計算どおりに距離を稼げる。大地のダイナミックな地形や風景とは裏腹にアップダウンこそあれ、道はどこまでも直線でそれを貫く。山を切り崩し、砂漠を貫き……。

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 ホールブルックで見たかったのはWigwam Motel。ティピーをかたどった部屋が点在するこのモーテルが、『CARS』で描かれたパイロン型のモーテルのモデルになった、という。インターステーツをおりてこの町を行くと、あちこちにルート66を印象付ける標識、店、看板がある。時代考証をあわせるためだろうか。古いクルマ、古い農具、古い道具などがディスプレイされている。
 それでいてタイムマシンで50年前の町に迷いこんだような気分とはならない。どちらかというと、2016年の今、かき集めたガラクタを町に点在させた、という印象で、どの古いものからも生気を感じさせない。少し戸惑う。
 
 アフリカツインを表通りから裏通りに滑り込ませる。家々の造りにそれらしい時代感があるが、どうも暮らしの匂いがない。空き屋もある。インターステーツが開通したと同時に引き始めた潮はそのまま戻っていない、という印象だ。とってつけた感じに思う違和感。
 
 ランチを摂る事にした。ミスター・マエスタスという地元のレストランには、アメリカン+メキシカンフード、と看板にあった。チリビーンズを頼んだら、たった今瓶から出しました、という感じのチリソースで真っ赤な色をしたスープが出てきた。早々に降参した。このレストランも、農具、クルマなど古道具が寄せ集まっていた……。

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道にこそルート66の名残があるのでは?

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『CARS』に描かれているように、ヒストリックルート66を盛り上げよう、という動きからこうした時代性のあるもので町を飾ることが一つの作戦だったという。こんな場面に来ると、アフリカツインはどう見てもぴかぴか、新品過ぎて馴染まない。むしろ、フリーウエイを走り、荒々しい風景に道を通した先人たちのフロンティアスピリットに触れる路上のほうがしっくりくる。町がいやらしく見えるのはナゼだろう?
 
 フラッグスタッフへとインターステーツとルート66を織り交ぜながら戻る。インターステーツで一気にホールブロックに走った時よりも気分が違う事に気が付いた。流れる風景の速度、走る車の数もそうだ。インターステーツだと抜かれないよう、飛ばし過ぎないよう、なんだか旅とは違うところで神経を使っている。今、高速を降りて下道を行く、旧道の旅風情は確かに楽しい。アフリカツインの鼓動がその気分をさらに盛り上げてくれる。すれ違う車も少ない。インターステーツと平行している場面でも、世界が全く違っている。

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 ルート66と、インターステーツ40は貨物用鉄道と平行している。今日も幾度となく長い貨物列車を見た。重連の機関車、1キロは大袈裟でも、先頭とすれ違った段階では最後尾が見えないほど延々と貨車が連なっている。この道は物流と、人、クルマの大動脈なのだ。そうか、ルート66には、貨物を運ぶトラックが殆どいない。だから業務感が薄く、旅気分になるのか。

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 そんな心持ちで行くと66号沿いのランドマーク、ジャックラビット・トレーディングポストが道端に現れた。今は土産物屋だが、かつては往来の拠点の一つだったのだろう。この周りを見る限り他には集落らしきものがなく、この一軒だけが昔あったのだろうか。となると、日が暮れてからこの灯りを見つけたらさぞ心強かっただろう。止まって眺めていると貨物列車が通り過ぎる。

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グレン・フライとルート66。

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 ウインズローの町を通った。この町もモーテルや通りにかつての面影を残す。同時に、観光のランドマークとしての役目も果たしている。それが“Standing on the corner park”だ。イーグルスを代表する一曲『Take it easy』に、この町が登場する。2番の冒頭からだ。「ウインズローの交差点でヒッチハイクするクルマを探している、すると、フラットベッドのフォードに乗る彼女が現れる……」という詩の世界を再現したものだ。
 
 歌詞のとおり、交差点には別名、ステーキベッドとも呼ばれるトラックが止めてあり、グレン・フライだろうか、一人の銅像が交差点に佇む。唄では彼を見たトラックが速度を落とした、とあるが、そのトラックは角に止まっている。で、銅像の背後にある壁の窓には若い女性がトラックを運転する姿が描かれている、という唄の世界を再現したもの。
 
 ここに来るために7000マイルも走って来た……。そう言って何カットも写真を撮る夫婦、多くの人がここで記念写真を撮ろうとやってくる。グレン・フライの思いはこうして今も生き続けている。この場所もルート66の復活に向けた一つの大きなアイコンだったという。実際、ウインズローの町並は、歴史風情を巧くコーディネイトしているようにみえた。

 
歴史のかけらを目で発掘する。
それがルート66の楽しみ方なのかも……。

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 この日、ウインズローから地図上で見つけたオールドルート66という道に分け入り(ダートのみちだった)、2Guns、Twin Arrowのガソリンスタンド跡を見てフラッグスタッフへと戻った。
 ルート66歴たった1日だが、この道の楽しみ方が少し理解できたような気がした。町に残る建物、そのスカイラインから見る空の青さ、インターステーツとオールドルートの対比、かつて人の営みがあった痕跡、ゴーストタウンという体ではなく、忘れ物のようにそこにあり続け、工場跡地のごとく時間が止まったままになっている。そのとなりをインターステーツが走り、忘れられた道を隔てた鉄路では頻繁に貨物が往来する。
 東西へと向かう道の役目、DNA的にはそのまま受け継がれているけれど、確かに存在するのに往来するという目的の人に、ルート66の存在は希薄。だが、この道が持っている歴史の物語を見てみたい、この場所に行ってみたい、という目的地として今も存在していると感じた。
 その歴史のかけらがあちこちに散らばっている。まるで、止まった振り子時計のように、どこか威風堂々としているもの、ガラクタを並べた違和感のあるもの、フラッグスタッフの町のように、今なお伝統とルート66が共生する町もある。

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 アフリカツインを走らせながら、昨日は暑い、暑い、を連発し続けた。今日も暑い。水分が欲しい。涼しい場所で体を冷やしたい。それは変わらなかったが、この道が発する周波数を逃すまい、という気分になると、この暑さすら「いつものこと」と言われているような気がしてきた。
 
 モーテルに戻り、今夜も歩いてギャラクシー・ダイナーに行った。ダイナーで弾き語りをしている初老のシンガーと目があった。「また来たな。ゆっくりしていけ」そう言うと昨日のようにウイリー・ネルソンからイーグルス、ポップス、カントリーまでワンマンショーが続く。
 
 明日はフラッグスタッフの町を巡り、それから西に向かおう。(続く)
 
 ※ウエア協力:SPIDI:



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