MBHCC A-6

かつてミスター・バイクの誌上を彩った数々のグラビアたち。

あるときは驚きを、またあるときは笑いを、そしてまたあるときは怒りさえも呼び込んだ、それらの舞台裏ではなにがあったのか?

1980年代中盤から1990年代、メインカメラマンとして奮闘した謎の写真技師こと、エトさんこと、衛藤達也氏が明かす、撮影にまつわる、今だから話せる(んじゃないかと思うけど、ホントはまずいのかも)あんな話、こんな話。どんな話?

第44回 「いらっしゃいませ。Mac地獄へようこそ。ごいっしょにDIMMはいかがですか?」

 
 ずいぶんお久しぶりですみません。ネタもだんだん尽きてきました。記憶もだんだん遠くに離れていくし(多分加齢のせいでしょう)、曖昧になって色々な話がごっちゃになってしまい、書き始める前に脳みその中を整理するのが大変です。

 
 今回はミスター・バイクBGの臨時増刊「改」というカスタム誌の表紙作成のお話というか、ほとんどMac(もちろんハンバーガーや工具ではなくMacintosh)導入期のお話です。power PC時代からのMac使いの方にはわかってもらえると思います。それ以外の方は意味不明の部分が多々あるかと思いますが、そんな時代もあったのねとおおらかな気持ちでおつきあいくださいませ。

 
 東京エディターズで唯一理数系知識派のK宮山さんに「そろそろパソコン始めませんか? 面白いですよ。エトー君に向いてると思います」と言われていました。K宮山さんはまだ珍しかったPC(PC-98だったかな?)をすでに導入していました。私は子供向けのPC本を読んでみましたが何に使うものかよくわからず、ワープロにちょこっと毛のはえたものか、ゲームプログラムを作って遊ぶ玩具くらいにしか思えなかったのです。ゲームをするならファミコンでいいじゃん程度の知識でした。まさか写真加工できるなんて思いもしませんでした。

 
 そういえば、八重洲あたりの出版社にいたOさんは出たばかりのカラーが表示できるMac(Macintosh Ⅱだったかな? 本体だけで約60万円ほどした。※以下金額はすべて記憶によるアバウトなものです)を買って「これからはこれで仕事をやる時代だ」と最先端を突っ走っていましたが、その後どうなったのでしょうか。


スカチューン、バーハン、ビクスク、バイカー族などカスタムブームの1995年冬に登場した改。

 
 などと人ごとと思っていたのですが、Macで仕事をこなしているデザイナーさんの家に遊びに行った時のこと。スキャナで写真を読み込み、Photoshopを使って画面上でいとも簡単に色を変えたり、合成するのを見せられ「これからはこれが主流になって絶対必要になる。いずれカメラもアナログからデジタルに変わってしまうに違いない。今から触っておかないと将来まずいことになるんじゃないか」と強い衝撃を受けました。なんという先見の明でしょう。いや、小心者ゆえの防衛本能だったのかもしれません。
 どの位お金がかかるか尋ねると、具体的な値段は忘れてしまいましたが、気が遠くなるほど高かった記憶があります。しかしカメラマンを続けていくのなら絶対に必要になると思い(といいますか、すっかりPhotoshopにメロメロ)いかにして無い袖を振るかを日夜必死で考えました。

 
 地方に行く仕事が多かったので、いつでもどこでも連絡が取れるようにと、NTTの携帯電話(NEC製 折りたたみタイプ)を持っていました(買い取りではなく電話を借りて使用料を払う)。毎月の支払いが通話料入れて2万5千円ほど。今じゃ考えられないほど高価ですが、それでも自動車電話と呼ばれていた頃よりも安くなっていました。いつでもどこでも連絡が取れるはずが、高い割にちょっと田舎に行ったり、山中はもちろん都会でもビルの中や地下では繋がらない方が多かったのです。自動車で移動中も電波の拾いが悪かったので車内アンテナをレンタルしていました。こんなものに毎月2万5千円も払うなら、Macの支払いに回せばいけるんじゃないかという考えに至り、デザイナーさんにどこでMacを買えるのか教えてもらいました。

 
 すでに家電量販店はありましたが、Macは特別な存在で正規代理店以外では販売していませんでした。当時の総代理店はCanonで、デザイナーさんに営業さんを紹介してもらい勇んで買いに行ったのです。すると営業さんいわくちょうどMacの世代交代の時期で、Quadra(1991年に登場した当時の最高位機種。本体だけで100万円くらい)よりも、安くて高性能な新型CPUを積んだpower Macintoshが近々出るというではないですか。なんてラッキー、間違いなくMacの神様の思し召しと見積もりをしてもらうと……本体(PM8100)75万円、20インチのナナオのモニタ60万円、インクジェットプリンタ(たぶん国内初モデル)20万円、記録媒体にMOという光磁気ディスクが20万円、サクサク動かす増設メモリ(DIMM)が32MBで39万円。当時メモリは1MB1万円くらいが相場で、絶対に値崩れすることはない資産だから投資と同じと言われていました。古今東西資産運用で「絶対に」という時点で絶対的に怪しいのですが、あんのじょうあっという間に暴落し、メモリ神話はあっけなく崩壊するのですが、それはまた別の話。そもそもMac本体がわずか3年で性能倍、価格半分くらいになったのですから、先見の明があれば、そうなることも予想出来たのですが。
 スキャナ(ポジをスキャンできる透過光の高性能なやつ)は300万円! これはスキャン屋さんでやってもらったほうが安く済むんじゃないかとさすがにパスしましたが(しかし、半年もしないで買うことになるのです。この話は後ほど)、ハード系だけで軽く200万円オーバー。
 さらに絶対に必要なソフトは、Photoshop(Ver2.5)が15万円で、LivePictureは60万円もしました。このLivePictureというソフトは100MB(当時としてはとんでもなくでかいサイズ)のファイルでもサクサク作業ができるという優れたソフトだったのです(最近聞きませんが、まだあるんでしょうか?)。すごく悩みましたが60万円は出せません。なんだかんだで250万円という大金が必要という結論になりました。


1991年に登場したQuadra(写真は1993年に出たQuadra840)の価格は、自動車1台分と言われてました。ちなみに1979年に登場した初代アルトは47万円! 時代が異なるので単純比較はできませんが、Mac=アルト×2というのはすごすぎじゃないですか(どちらかといえば、日本の自動車産業の努力が)。その後の価格変動を見れば初期のPCがいかに高価であったかがわかっていただけるでしょう。

 
 携帯電話を解約して戻ってきた保証金10万円に、なけなしの自己資金40万円を足して、残りは遠くの親戚より近くのS信用金庫で借金です。月々2万5千円(フリーカメラマンなのでボーナスはありませんが、ボーナス月は5万円加算)×5年間で返済という絵を書いたのです。こんな大金を投入して果たしてモトがとれるのか、借用書にサインするときはかなり不安になりましたが、自分の未来への投資ということで(本当は新しいおもちゃが欲しかっだけですが)買ってしまいました。

 
 Photoshop入門書を買って日夜勉強し待つこと数日、待望のMacがやってきました。さっそく箱から出して自作の長テーブル(引っ越すときにAOちゃんにあげました。まだAOちゃん家で元気に暮らしてるでしょうか?)に本体、モニタ、プリンタを設置して電源を入れると「じゃ〜ん」の起動音と共に笑顔のファインダーアイコンが出現、続いて機能拡張のアイコンパレードです(なつかしいですね)。

 
 さあ、バリバリ使うぞと思ったら、モニタの片隅がピンクに色かぶりしているじゃありませんか。えええええ? 60万円も出したのにもう壊れたのか、とあせってメーカーに問い合わせたのですが原因不明。結局メーカーに戻し再調整して戻ってきたのですが色かぶりは出たまんま。

 
 再び問い合わせると、どういう場所に設置して、どういう状況で使っているか聞かれました。マンションの柱の横に設置していたのですが、「場所を移してみてください」と言われ半信半疑で移動したら、見事に色かぶりが消えました。どうやら柱に埋め込まれた鉄筋に反応していたようです。原因がわかればな〜んだそんなことかです。メーカーの方には申し訳ないことをしました。でも、説明書に書いておくべきじゃないかとも思いました。些細なトラブルでしたが、それよりも実際に使ってみるとわからないことだらけ、試行錯誤の毎日でした。


前にもご紹介したかつての仕事場。温かいモニタの上はネコちゃんの定位置になりました。

 
 今はデジカメで撮影したものがそのままデータとして扱えますが、デジカメなんてまだ実用的ではなく、フィルムで撮ったポジをあらかじめサイズと解像度を設定してからスキャンしなければなりませんでした。それほど難しいことではないのですが、基本を理解していませんでしたからちんぷんかんぷん。dpiをいくつに設定したらいいのか、印刷会社に尋ねても「?」。結局データをプリントアウトして入稿し、それを印刷屋さんが撮影して使うというアナログなデジタル化でした。
 最高画質を出せるものを調べたところ、使えそうなのは富士フィルムのピクトログラフィー(銀塩写真と同等の出力を可能にしたデジタルプリントシステム。2010年販売終了)のみで、A4が1枚3千円。機械は300万円くらいでした。とても個人で買える値段ではなく、扱っている出力会社も多くはありませんでした、さんざん探して雑誌広告で見つけたのは編集部から割合近い自由が丘でした(近所にパチンコ屋も何軒かありました)。その1年後には、新宿ヨドバシカメラ本店の片隅にピクトロ出力コーナーが出現、1枚1千円とリーズナブルになりました。と言っても、気軽に何枚も出力できる値段ではありませんでしたが。

 
 また、A4データサイズをハガキサイズに縮めれば綺麗に出力できるんじゃないかと思い、インクジェットプリンタで年賀状を刷ったところ、たった60枚を印刷するのにまるまる3日かかったこともありました。高解像度の必要ないデータをプリンターに送っていたので転送に時間がかかりすぎたのです。勉強不足の笑い話ですが、Macはあっても現在のようなインターネット環境などなく、わからないことは専門書が頼りでした。何冊買っても書いてあるのは同じようなことばかり。入門書なのでしょうがないのですが、知りたいことが書いてないのです。1冊3千円くらいの専門書にいくら投資したことでしょう。入門書の次は、いきなり超難解な超専門書しかない、入門書はあっても次の段階の本がないというのは、いかがなものでしょう。

 
「そろそろ、Macを使いこなせるようになったでガスか?」
 なんやかんややってなんとなく使えるようになった頃、K宮山さんからお声がかかりました。
「はい、Photoshopが3.0になってかなり扱いやすくなりました。合成も楽になりました」
「じゃあ、次の『改』の表紙で遊んでみませんか?」
「表紙ですか! Photoshopで写真を好きなようにしていいってことですか?」
「そうでガス。カスタム車で遊んでください」
 初めて受けた記念すべきCG写真のお仕事でした。まあ、CGと言っても私にできることは、バイクが動いているように見せることくらい。まだまだ技術力も知識も未熟なのにいいのかしら、と思いましたが、せっかくいただいたお仕事です。二つ返事で引き受けました。

 
 写真を合成するには素材が必要です。合成するにあたり35ミリフィルムだとスキャン後の画像が荒れてしまうので、本当は4×5で撮影するほうがいいのですが、そこまでしなくてもいいかなと6×7で撮影しました。カスタム車を白いバック紙の前に置き、K宮山さんにバイクにまたがってもらって走っているようなポーズをしてもらいました。「カメラ側の足はステップに乗せてください。反対側の足は箱馬に乗せてください。箱馬は後で消しますから大丈夫です」「走っている時のように少し前傾でお願いします」と、そのくらいしか演技指導できませんでした。実際に走っている写真を撮って、バックを合成すればいいようなものですが、切り抜きがめんどくさいし、せっかくCG合成するのだから止まった写真を動いているように見せなきゃ意味がないのです。まあ、最終的に読者さんは気がつかないと思いますが……

 
 撮影が終了したらフィルムを現像し、ポジを四谷のスキャン屋さんでスキャンしてもらうのですが、6×7はA4サイズで1カット5千円もしました。しかも2時間ほどかかりました。運良く、いや、運悪くスキャン屋の前がパチンコ屋でした。当たる気配のないまま2時間経過、気づけば2万円ほど溶けていました。次のスキャンの時に取り戻せば……と思いましたが、何度かこんなことが続くと、こりゃいかん、スキャンするたびにお金が減っていく。これならいっそスキャナを買ったほうがいいのでは。ということになって、AGFAのスキャナを購入しました。たしか定価85万円が50万円くらいで買えて、すごく儲かった気がした記憶があります




1995年初夏に出た改2が記念すべきCGデビュー作。 1995年秋の改3。基本的に2と同じ手法です。 1996年春の改4。モデルさんはケンツの川島さんです。 



1997年春の改5。表紙のバックはなんとラスベガス! そういえばバイクがスズキばかりなのは大人の事情? 1998年春に出た改6からは編集長はAn生に。表紙も内容も一新というか一旧というか…… カスタムブームもバイクブームも下火となった1999年春の改7が最終号でした。

 
 ほとんど借金返済もしていないのにスキャナを追加。どうにも作業の遅さに我慢ができずメモリをさらに追加(前記のように暴落して半値になっていましたが、それでも32MBで19万8千円もしました。最終的には上限の256MBまで増設しました)、気がつけばハードディスクも4GBに増設。今は標準装備となっているフィルターも、サードパーティー製を買って装着したり、SCSIのグラフィックボードを2枚増設してモニタ3連装にしたり(これは、仕事用というよりマイクロソフトのフライトシュミレーターするためでしたが) と、追加追加のMac地獄にずぶずぶにはまっていきました……いったいいくらつぎ込んだのか、恐ろしくて計算できません。





なんと改2、3、5の表紙データが残っていました。さすがはK宮山さんです。文字が入っていないのでどういうCG写真なのかがよくわかると思いますが、あら探しなんかしないで、大きな気持ちでじっくりとご堪能ください。だんだん進化しているのが、解っていただけますか?

探してみたら改4の表紙ポラも衛藤写真事務所に残っていました。素材となる写真はこのような感じで撮っているのがおわかりいただけましたか。モデルはケンツの川島社長さんです。この頃に8×10のカメラを購入し、そのカメラで撮ったポラです。カメラマンはほんとにお金がかかります。

 
 最後になりましたが表紙のCG写真に話を戻します。ほんとにたいしたことはやっていません。バイク写真を切り抜いて、前後のタイヤを回転、チェーンを動かして、背景の工場のような写真を増殖させたくらいです。今、思えばミスだらけの稚拙な作品です。ミスの内容は、あまりに恥ずかしいので書けません。この後、3回くらいやりましたが、編集長がAn生さんに代わり、私への注文はなくなりました。

 
 現在AGFAのスキャナは押し入れの奥で眠っています。使おうにもSCSI接続ですから使いようがありません。PM81000もその隣で深い眠りについています。例え起動しても爆弾マーク、再起動との闘いに明け暮れることでしょうから二度と電源を入れることはないのですが、次世代デジタル時代が到来したとき、再び同じ過ちを繰り返さないための、私の心の戒めの墓碑なのです(ほんとは、もったいなくて捨てられないだけです)。


衛藤達也
衛藤達也
1959年大分県生まれ。大分県立上野ヶ丘高校卒業後、上京し日本大学芸術学部写真学科卒業。編集プロダクションの石井事務所に就職し、かけだしカメラマン生活がスタート。主に平凡パンチの2輪記事を撮影。写真修行のため株式会社フォトマスで (コマーシャル専門スタジオ)アシスタントに転職。フリーになり東京エディターズの撮影をメインとしながらコマーシャル撮影を少しずつはじめる(読者の方が知っているコマーシャルはKADOYAさんで佐藤信哉氏が制作されたバトルスーツカタログやゴッドスピードジャケットの雑誌広告です)。16年前に大分県に戻り地味にコマーシャル撮影をメインに活動中。小学校の放送部1年先輩は宮崎美子さんです。全く関係ないですが。


●衛藤写真事務所
のサイトを立ち上げました。グーグルマップのストリートヴューをもっと美しく撮影したものがぐるフォトです。これは見た目、普通のパノラマですが前後左右上下をまるでその場に立って いる様に周りをぐるっと見れるバーチャルリアリティ写真です。ぜひ一度ご覧下さい!

 

  

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